ゲノム解析と観察研究、それぞれ単独では因果関係を担保してのリスク特定が困難
大阪大学は3月24日、日本・イギリス・フィンランドの大規模バイオバンクが保有する合計70万人のゲノム情報・バイオマーカー・寿命情報を解析する手法を開発し、健康バイオマーカーの値をゲノム情報から予測するとともに、人種横断的に高血圧・肥満が現代人の寿命を縮める原因になっていることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科遺伝統計学教室 坂上沙央里大学院生(東京大学大学院医学系研究科 博士課程)、金井仁弘特別研究生(ハーバード大学医学部 博士課程)、岡田随象教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Medicine」に掲載されている。
画像はリリースより
これまで、世界中の研究機関や国家的なバイオバンクの協力により、ヒトの個性を形作る多様な形質に関する数万人~数百万人を対象とした研究が行われ、1つずつの遺伝的変異がヒトの形質に与える効果量がおおむね推定できるようになった。この結果を利用して、個人ごとの遺伝的変異の組み合わせとそれらの効果量を掛け合わせて和をとった「ポリジェニック・リスク・スコア(PRS)」を計算することで、将来の疾患リスクが高い人たちを特定できるようになった。しかし当然、生まれたときに与えられた遺伝要因は変えることができないため、このスコアを健康アウトカムの改善に役立てる方法論に課題があった。
一方で、人間の健康は遺伝的なリスクだけではなく環境因子や生活習慣の影響も強く受ける。寿命などの健康アウトカムの違いの原因となるリスク因子を見つけることは、医学研究の最大の目的の1つだ。その理由は、これらのリスク因子に医学的な観察・介入を行えば、集団レベルで健康アウトカムを改善させることが期待できることにある。従来リスク因子の特定には、観察研究やランダム化比較試験の手法が用いられてきた。しかし、観察研究からは因果関係の証明ができず、ランダム化比較試験は費用や倫理面の問題から非常に限られた検査値にしか応用できないという問題点があった。そこで今回、研究グループは、PRSを、大規模なゲノム情報と臨床情報に適用し、さまざまな健康のリスク因子と寿命との関わりを調べた。
リスク因子それぞれのPRSを作成して寿命との関連を調べ特定
研究グループは、身長、体重や血液検査値など多数のリスク因子の候補(バイオマーカー)に対して、それぞれのPRSを作成して寿命との関連を調べることで、どのバイオマーカーが現代人の寿命を伸ばしたり縮めたりする原因となっているかを特定する手法を開発した。これまでの観察研究では、たとえバイオマーカー自体と寿命に相関があっても、バイオマーカーが寿命の長さを規定する原因なのか、それともその他の健康状態が影響してバイオマーカーの値が変化しているのかの因果関係がわからない。生まれつきのゲノム情報によるバイオマーカーの予測値(原因)であるPRSと寿命(結果)との関連を調べることにより、因果関係を担保した状態で寿命を規定する因子を見つけることができる。この手法を、日本(バイオバンク・ジャパン・18万人)、英国(UKバイオバンク・36万人)、フィンランド(フィンジェン・14万人)の国家的なバイオバンクで保有する遺伝子情報と臨床情報に適用し、世界で初めて、人種横断的に高血圧が現代人の寿命を最も縮めていることを示した。特に、糖尿病・脳梗塞・脂質異常症を合併した人でその影響は強く、心血管病による死亡と最も強く関連していた。肥満も寿命を最も縮める強い要因だったが、その影響の強さは欧米人の方が日本人よりも大きいこともわかった。特に、不安定狭心症を合併した人でその影響は強く、脳血管病による死亡と最も強く関連していた。血圧・肥満に続き、高コレステロール、高身長、低血小板も寿命を縮めるバイオマーカーとして特定された。
今回の研究では、これまで行われてきた観察研究やランダム化比較試験の課題点を克服し、遺伝情報を用いることで高血圧や肥満が現代人の寿命を縮めていることを初めて示した。今回関連が同定されたバイオマーカーは寿命を決定する原因となっている可能性が高く、医学的に観察・介入することで集団レベルでの健康アウトカムを改善することが期待される。現在、全世界で大規模なバイオバンクによるゲノム情報・臨床情報・電子カルテ情報の収集が盛んに行われ、いまだかつてないほど膨大に蓄積されつつある。研究グループは、「この手法をさらに多様なバイオマーカーや電子カルテデータ、人種集団に当てはめることで、個人の健康リスクを正確に予測し、医療が改善できる課題を見つけ介入する、個別化医療・予防医療に貢献することが期待される」と、述べている。
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