慢性B型肝炎治療は新たな抗ウイルス療法が必要
横浜市立大学は2月27日、合成Notch受容体の細胞内・外のドメインのカスタマイズにより、B型肝炎ウイルス(HBV)の表面抗原を検知して特異的に免疫応答を活性化できる、人工免疫細胞の樹立に成功したと発表した。この研究は、横浜市立大学学術院医学群微生物学の梁明秀教授、松永智子助教らの研究グループが、同大医学群免疫学教室、国立感染症研究所、国立国際医療研究センター研究所などとの共同研究として行ったもの。研究成果は、「iScience」に掲載されている
画像はリリースより
世界保健機関(WHO)の報告によると、世界中で約20億人がB型肝炎ウイルス(HBV)に感染していると推計されており、そのうち2億4000万人以上が肝硬変や肝細胞がんに進行するリスクがある慢性B型肝炎に罹患している。これらの疾患予防にはHBVワクチンの有効性が高いものの、ウイルスの伝染しやすさや、一旦感染すると体内からの排除が困難であることなどから、有病率は高いままになっている。慢性B型肝炎の現在の治療法は肝硬変、肝細胞がんへの進行を防ぐことを目的にしており、HBV排除の有効性は限られている。また、治療が長期におよぶと副作用のリスクが高くなるとともに、薬剤耐性ウイルスが出現し、治療の失敗と病気の進行につながる可能性がある。さらに、慢性B型肝炎の患者では、抗ウイルス薬により一時的に肝炎を沈静化できても、治療中止後に肝炎が再燃し、劇症化するケースも見られる。したがって、これらの課題を克服しうる慢性B型肝炎治療のための新たな抗ウイルス療法が必要とされている。
一般的に、抗ウイルス薬として用いられている低分子化合物や生物製剤は、常に高い活性状態にあるため、生体内で速やかに生物学的効果を発揮し、全身性の影響が出たり、副作用が起きたりしやすいことが知られている。これに対し、近年研究が進んでいる「細胞療法」は、投与された細胞が周囲の環境を感知し、特定の分子シグナルがある場合にのみ応答できるため、疾患局所での集中的な作用が期待できる。最近、がんの免疫療法のために開発された合成Notch(synNotch)受容体は、細胞外領域には特定の分子に結合する一本鎖抗体(single chain Fv:scFv)を、細胞内領域には核内に移行して遺伝子の発現を誘導できる転写因子を、それぞれNotch受容体本来の細胞膜貫通領域に結合させたキメラ分子。これにより、細胞外からの特定のインプットに対して意図したアウトプットを発現させる機能をもつ細胞をデザインし、細胞療法に利用できると考えられる。
合成Notch受容体の細胞内/外ドメインをカスタマイズ、HBVを検知して転写促進
研究グループは、ウイルス感染を抑制する因子群を細胞に発現・分泌させれば、感染局所からのウイルス伝播を阻止できるのではないかと考えた。そこで、HBV粒子表面の抗原(HBs)に対するモノクローナル抗体由来の可変領域遺伝子をsynNotch受容体の細胞外領域に配置することで、HBV粒子上のHBs抗原を特異的にセンシングしてHBV粒子およびHBV感染細胞を検出できる細胞の創生を目指した。また、細胞内領域にはウイルス阻害因子群(中和抗体、インターフェロン)を発現させられるようデザインした。
この抗HBs-synNotch受容体を導入した細胞を用いて解析を行ったところ、HBV感染部位の近傍のみで活性化してウイルス感染を検知し(緑色蛍光タンパク質(GFP)を目印としている)、中和抗体とインターフェロンを分泌することが、細胞レベルで確認できた。抗原に対する抗体産生とインターフェロンの放出とは「液性免疫」と「自然免疫」そのものであり、いわば「人工免疫細胞」ができたことになる。また、Notch受容体は結合した近傍細胞の膜タンパク質が細胞内に牽引されることをきっかけに切断、活性化されるが、このような制御を受けないウイルス表面タンパク質でもNotch受容体が活性化されることも今回初めて明らかになった。
種々のエンベロープウイルス感染症への応用に期待
最近、保険適用になった免疫細胞療法には、がんのCAR-T療法がある。これは患者のT細胞を遺伝子改変することで「細胞性免疫」を強化した治療法だ。これに対し、今回の研究で作製した人工免疫細胞は、「液性免疫」と「自然免疫」を強化する。今回、synNotch技術を用いた人工免疫細胞が難治性の感染症に対する新たな治療法の開発に向けた重要なツールになる可能性が示唆された。この先の実用化に向けては、生体内での安全性と有効性、既存の方法に対する優位性の検証が必要となる。
また、今回の研究においてsynNotch受容体がHBV粒子上のリガンドに対しても機能することが明らかになったことから、インフルエンザウイルスやエボラウイルスなど、脂質二重膜を有するエンベロープウイルスにも応用できることが見込まれる。研究グループは、「今回の成果を基軸に、ウイルスの表面抗原を標的にした新しいタイプの治療法開発へ展開させたいと考えている」と、述べている。
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・横浜市立大学 プレスリリース