アストロサイトの2つの2ndメッセンジャー「Ca」と「cAMP」の関係は?
理化学研究所(理研)は2月4日、神経活動を支えるグリア細胞の一つである「アストロサイト」の活性化様式は心理状態に応じて変化し、その導因は脳幹にあるノルアドレナリンを放出するノルアドレナリン作動性神経細胞にあることを発見したと発表した。この研究は、理研脳神経科学研究センター神経グリア回路研究チームの平瀬肇チームリーダー、大江祐樹研究員らの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、オンライン科学雑誌「Nature Communications」に掲載されている。
画像はリリースより
脳の情報は「神経細胞」を介して伝達されるが、その周りで神経細胞を補佐する役割を果たす細胞を「グリア細胞」という。グリア細胞の一種である「アストロサイト」は、神経伝達物質の回収や代謝などさまざまな役割を担っている。これまで、記憶のメカニズムについては神経細胞を中心に研究されてきたが、最近の研究ではアストロサイトが記憶の定着に重要な役割を担うことが報告されている。
アストロサイトは活性化すると、細胞内で二次情報伝達物質の1つであるカルシウムイオン(以下カルシウム)の濃度が上昇する。これまでの研究により、このカルシウム濃度の上昇は、驚愕反応や随意運動開始時に、神経修飾物質の「ノルアドレナリン」がアストロサイトのα1受容体に結合することで誘発されることがわかっている。また、カルシウムとは別の二次情報伝達物質である環状アデノシン一リン酸(cAMP)の濃度の上昇は、ノルアドレナリンがアストロサイトのβ受容体に結合して誘発されることが示唆されており、さらに記憶の定着に関与することが報告されているが、その詳しい動態やカルシウムとの相互関係については明らかになっていなかった。そこで、国際共同研究グループは今回、生体マウスを用いて、カルシウムとcAMPを同時測定し、検証を行った。
ノルアドレナリンの量が少量でもCaは上昇、cAMP上昇には多量必要
まず、アストロサイトにおける二次情報伝達物質の動態を測定するために、光刺激によってノルアドレナリンを選択的に放出するマウス実験系を作製。Cre-loxP部位特異的組換え技術を用いて、脳幹の青斑核にあるノルアドレナリン作動性神経細胞に光受容イオンチャネルのチャネルロドプシン2(ChR2)を発現させた。ChR2は光によって活性化され、発現している神経細胞を興奮させる。また、カルシウムの蛍光プローブであるGCaMPとcAMPの蛍光プローブPink Flamindoを大脳皮質のアストロサイトに発現させ、2光子顕微鏡を用いて観察した。
大脳皮質に投射しているノルアドレナリン作動性神経細胞の軸索を光刺激したところ、3~5秒でアストロサイト内のカルシウム濃度に上昇が見られた。しかし、同条件ではcAMP濃度の上昇は確認できなかったため、光刺激をさらに長く与え続けたところ、10~30秒の刺激で濃度が上昇した。このことから、アストロサイトの2つの二次情報伝達物質は、それぞれ刺激時間に依存して異なる反応を示すことがわかった。この反応の違いの理由を調べるために、細胞外ノルアドレナリン蛍光プローブであるnLightを大脳皮質に発現させ、刺激時間と細胞外ノルアドレナリン濃度の関係を調べたところ、放出されるノルアドレナリンの量は、光刺激時間が長いほど多いことが判明した。これにより、アストロサイト内のカルシウム反応に関わるα1受容体とcAMP反応に関わるβ受容体では、それぞれ活性化するためのノルアドレナリン量の閾値(下限)が異なる、つまり、α1受容体の閾値の方がβ受容体よりも低いため、カルシウム濃度は短時間の光刺激で上昇するのに対し、cAMP濃度はより長い時間刺激を与えないと上昇しないことが示された。
軽い驚きでCaのみ上昇、強い恐怖ではCaとcAMPが両方上昇
次に、このメカニズムが覚醒状態の動物の心理にどのような変化をもたらすのかを調べた。これまでの研究により、予期不能なタイミングでマウスの顔面に空気を吹き付けると軽い驚愕反応が生じ、これに伴ってノルアドレナリンが放出され、アストロサイトのカルシウム濃度が上昇することがわかっている。このマウス実験系を用いて、カルシウム濃度とcAMP濃度の同時測定を行ったところ、カルシウム濃度は上昇したが、cAMP濃度の上昇は見られなかった。この結果から、動物は軽い驚きを感じたときに少量のノルアドレナリンを放出し、アストロサイトのカルシウム濃度が上昇すると考えられた。
さらに、マウスに強烈な警戒反応を引き起こさせる恐怖条件づけ刺激を与える実験を実施。通常、恐怖条件づけ刺激は自由行動下の動物に与えるが、今回の実験では2光子顕微鏡によって脳の細胞を可視化するため、頭部を固定した実験系を新たに用意した。警告音を30秒間鳴らした後、足に電気刺激を1秒間与えるという操作を繰り返すと、マウスは初めの数回で音と電気の刺激の関連性を学習するようになる。実験の結果、初めのうちは足への電気刺激によって、アストロサイトのカルシウム濃度とcAMP濃度はともに上昇したが、操作を繰り返すにつれて徐々に減少していき、学習が成立すると消失した。この結果から、動物は強い恐怖を感じたときに多量のノルアドレナリンを放出し、それに伴ってアストロサイトのcAMP濃度が上昇することが記憶の定着に寄与している可能性が示唆された。
cAMP上昇で脳の糖代謝が促進され、それが記憶の定着につながる可能性
最後に、アストロサイトのcAMP濃度上昇が脳における糖代謝を促進させることを確認するため、化学遺伝学的手法で任意にcAMP濃度を上昇させられるDREADDをマウスの大脳皮質と海馬の一部のアストロサイトに発現させ、クロザピン-N-オキシド(CNO)を腹腔投与してDREADDを活性化させた後に、グリコーゲンを観察。その結果、大脳皮質と海馬の両方において、DREADDによってcAMP濃度が上昇したアストロサイトではグリコーゲンが消失し、cAMP濃度が上昇しなかったアストロサイトではグリコーゲンは残存することがわかった。これにより、アストロサイトのcAMP濃度上昇は糖代謝を促進することが、初めて視覚的に示された。
今回、アストロサイトの活性化には、心理状態に応じて段階的な様式があることがわかり、アストロサイトを能動的に制御して記憶や学習といった脳機能を向上させる上で必要な基礎的な知見を得ることができた。研究グループは、「今回の研究成果は、心理状態が影響を及ぼす記憶の定着メカニズムの解明に貢献するとともに、心的外傷を治療する上での重要な知見になると期待できる」と、述べている。
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・理化学研究所 研究成果