後発医薬品の普及率向上のため、医薬品選択に影響する理由を検証
東京大学は1月23日、過去の医科・調剤レセプトの匿名データを用いて、先発/後発薬の選択における「慣性」の影響を調査した結果を発表した。これは、同大大学院医学系研究科公衆衛生学客員研究員の伊藤佑樹(研究当時:博士課程大学院生)、経済学研究科特任研究員の原湖楠(研究当時:博士課程大学院生)、公衆衛生学の小林廉毅教授のグループによるもの。研究成果は国際学術誌「Journal of Economic Behavior & Organization」に掲載されている。
医療費の増大が問題となるなか、後発医薬品の使用促進は喫緊の課題。日本の後発医薬品シェアは77.5%(2019年2月)であり、欧米諸国と比べると低率である。後発医薬品の使用促進のためには、患者の選択にどのような要因が関わるかを明らかにする必要がある。先行研究を詳細に検討し、消費者が繰り返し選択を行う局面において、以前に選択したものを引き続き選択する行動パターン「慣性」(以下、Inertia)が、先発/後発医薬品の選択においても存在するのではないかという仮説を研究グループは立てた。海外では、民間医療保険、電力プラン、年金積立プランの選択などさまざまな場面でInertiaが影響することが指摘されている。そこで今回の研究では、先発医薬品と後発医薬品の選択におけるInertiaの影響とその大きさを分析。また、Inertiaを取り除くような施策等のシミュレーションを実施し、その有効性についても検討された。
ピタバスタチンの先発/後発薬の調剤レセプトから「先発薬選好」の傾向
研究グループは、大規模な後期高齢者医療広域連合の2013年9月~2014年8月までの医科・調剤レセプトの匿名データを用いて検証。調査期間中の2013 年12月に脂質異常症の治療薬である「ピタバスタチン」の後発医薬品が発売されたことに着目し、発売前後の患者の先発/後発医薬品の選択を分析した。価格や先発医薬品に対する選好、Inertia(前回と同じ種類を選択すること)の影響について、混合ロジットモデルという統計手法を用いて各要因の効果の大きさを推定。さらに、推定された価格や先発医薬品に対する選好、Inertiaに関するパラメータの値を用いて、政策を導入した場合の後発医薬品シェアの変化や総医療費の変化もシミュレーションした。
ピタバスタチンの先発医薬品は後発医薬品と比べて、自己負担額にして 1 日あたり3~5 円程度負担が増える。それに対し、平均的な患者は後発医薬品に比べ、先発医薬品を4.7 円/日ほど高い選好をもつことが示された。また、平均的な患者にとって Inertiaの効果は 3.1 円/日程度の大きさであり、先発医薬品に対する患者の選好の約3分の2に相当することが示された。これらの値はそれぞれ統計学的に有意なものだった。
施策導入した場合のシミュレーションの結果、施策未実施の場合、後発医薬品シェアは発売 9か月後で 45%程度だが、Inertia を取り除く何らかの施策を実施した場合、67%まで上昇することが示された。これを総医療費に換算すると、施策を導入しない場合に比べて、12%の削減効果を認めた。
先発/後発医薬品の選択においてInertiaが大きな影響を持つことが示唆された。後発医薬品の使用が増えない原因を解明し、その対策を検討することで、後発医薬品の普及を促進するという観点から、医療政策立案上の重要な資料になると考えられる。「Inertiaを取り除くような施策、選択の自由を保ちながらも行動変容を促す施策が有効である可能性が考えられる」と、研究グループは述べている。