指摘されていた「主観的な感情体験」と「客観的な生体反応」の間にある解離
日本医療研究開発機構(AMED)は10月29日、主観的な恐怖体験と客観的な恐怖反応がそれぞれ異なる脳内表象を持つことを証明したと発表した。この研究は、株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)・脳情報通信総合研究所の川人光男所長、Vincent Taschereau-Dumouchel研究員、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校のHakwan Lau准教授などのグループによるもの。研究成果は、「Molecular Psychiatry」にオンライン公開されている。
画像はリリースより
不安障害などの感情の障害の研究では、主観的な感情体験の代用として、皮膚発汗、瞳孔反応などの客観的な生体反応がよく使われる。しかし近年、主観的な感情体験と客観的な生体反応の間には解離があることが指摘されていた。
今回研究グループは、主観的な感情体験の脳内表象が、客観的な生体反応の脳内表象と区別できるかについて検証を行った。最初に、被験者がさまざまな動物に、どの程度主観的な恐怖を感じるかについて質問。その後、被験者が恐怖の対象となる写真を見ている時の脳活動と恐怖反応を測定した。
被験者にMRIの中で、恐怖を感じる対象となることが多い動物の写真を中心に3,600の画像を見てもらい、客観的な生体反応の指標として身体的な恐怖反応である皮膚発汗を測った。次に、デコーディング技術を用いて、動物の写真を実際に見ている時の脳活動から、これらの指標を推測する判別器をそれぞれ作成。作成した判別器による性能を、新しい被験者集団から取得したデータで確認した。従来の一般的な研究で用いられる恐怖条件刺激と異なり、同研究では、生活の中で広く見られる恐怖の対象となる写真を用いた。これにより、従来の研究と比較して、自然な動物恐怖症などの患者でみられるものと近い脳活動を捉えることが可能になるという。
その結果、主観的な恐怖体験と客観的な恐怖反応の二つは、一定の相関(片方が強いともう片方も強いという関係)はあるものの、相関関係から外れた動物(ウサギ、鳥、クモなど)が存在するということが明らかとなった。
指摘されていた「主観的な感情体験」と「客観的な生体反応」の間にある解離
続いて、主観的な恐怖体験の判別器で客観的な恐怖反応を推測できるか、客観的な恐怖反応の判別器で主観的な恐怖体験を推測できるかについて解析。客観的な恐怖反応の判別器からは、主観的・客観的どちらの恐怖も推測が可能だったが、主観的な恐怖体験の判別器では客観的な恐怖反応を推測できないことが確認された。
最後に、脳の各部位のうち、作成した主観的な恐怖体験と客観的な恐怖反応の判別器の性能が顕著に異なる領域を解析。客観的な恐怖反応の領域に含まれるのは、扁桃体等の従来の研究で恐怖反応の処理に重要であるとされる脳領域だった。一方で、主観的な恐怖体験の領域には、前頭前野といわれる脳領域が含まれることが明らかとなった。
今回の研究成果は、主観的な感情体験の代用としての客観的な生体反応の使用に疑問を投げかけ、それぞれ異なる尺度として扱うことの重要性を明らかにした。精神疾患、特に不安障害やPTSDなどでは、主観的な感情体験や客観的な生体反応と関連する脳領域が治療の標的とされることがある。従来、この二つの反応を同一のものとみなして治療法の開発などが行われてきたが、別のものとして扱うことにより、新たな治療法の開発が期待される。
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・日本医療研究開発機構(AMED) プレスリリース