大日本住友製薬と名古屋大学大学院医学系研究科との共同研究
慶應義塾大学は10月24日、ゲノムコピー数変異(CNV)を有する双極性障害および統合失調症患者由来のiPS細胞を用いた研究を行い、両疾患に共通した病態として、神経細胞の形態に異常が生じることを見出したと発表した。この研究は、同大医学部生理学教室の岡野栄之教授、大日本住友製薬株式会社リサーチディビジョン疾患iPS創薬ラボの石井崇也研究員兼、同大医学部生理学教室共同研究員、名古屋大学大学院医学系研究科精神医学・親と子どもの心療学分野の尾崎紀夫教授らを中心とする共同研究グループによるもの。研究成果は、オンラインジャーナル「eNeuro」に掲載されている。
画像はリリースより
双極性障害と統合失調症は、それぞれ生涯に1%程度の人が発症するとされる主要な精神疾患であるが、その原因や発症につながる詳細なメカニズムは明らかにされていない。治療薬の開発に向けた研究にはモデル動物が重要だが、ヒトと動物では脳の構造や機能の差が大きいため、病気を再現することには限界があった。これらの理由から、精神疾患の病態を忠実に再現し、疾患が生じる詳細なメカニズムの解明や、治療薬開発に適用できる疾患モデルの創出が強く求められていた。
慶大医学部と大日本住友製薬は、2012年3月より精神疾患患者由来のiPS細胞を用いた共同研究を開始し、互いの技術と知見を用いた産学連携研究を推進してきた。また、名大大学院医学系研究科とは日本医療研究開発機構(AMED)採択課題プロジェクトを通じて、精神疾患の複雑な遺伝的背景の一端を解明するため、ゲノム解析研究により病的意義を有する新たなCNV(双極性障害患者におけるPCDH15遺伝子の欠失と統合失調症患者におけるRELN遺伝子の欠失)を見出していた。
今回の研究では、双極性障害・統合失調症発症に関わるCNVに注目することで、遺伝的背景の課題を克服しつつ精神疾患の病態を再現できるモデルの確立を目指し、患者由来iPS細胞から分化誘導した神経細胞を用いた病態解析研究を実施した。
病態解明、治療薬開発への応用に期待
研究グループは今回、PCDH15遺伝子に欠失を有する双極性障害患者2名と、RELN遺伝子に欠失を有する統合失調症患者1名に由来するiPS細胞から、精神疾患における機能の低下やネットワークの破綻が指摘されているグルタミン酸作動性神経とGABA作動性神経を、それぞれ選択的かつ高効率に作製することに成功した。
患者由来神経細胞群では、健常者由来神経細胞群に比べて樹状突起の短縮およびシナプス数の減少が観察された。これらの異常は、疾患・神経の種類を問わず共通して観察されたという。また、遺伝子編集技術によりPCDH15またはRELNを人工的に欠失させた健常者由来iPS細胞から作製した神経細胞においても、同様の異常が観察された。過去に実施された別のグループによる双極性障害および統合失調症患者の死後脳を用いた研究においても、今回の研究の異常と類似した現象が報告されている。
これらの結果は、同研究で見出された現象が精神疾患において共通する病態であることを強く示唆しており、その病態がPCDH15やRELNの機能と関連することが予想される。以上の成果から、病的CNVをもつ患者由来iPS細胞を用いることで病態を反映したモデルを構築することが可能であることが示された。さらに、このモデルを用いることで、精神疾患に共通する病態メカニズムの解析や広く精神疾患に有効な新規治療薬の開発につながる可能性がある。
研究グループは、「今後、本研究で得られたモデルを用いたさらなる解析を進めるとともに、異なる種類の神経細胞同士やグリア細胞との共培養など脳内の環境を、より忠実に再現することで、病態解明や治療標的の探索がさらに進むことが期待される」と、述べている。
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