手や足を自分で動かした時と、誰かに動かされた時とで、感じ方が異なるのはなぜか
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は7月11日、従来大脳皮質にある一次体性感覚野は末梢の感覚受容器からの感覚入力を単に受けとっているだけであると考えられていたが、実は、自分で動く前から「これからはじまる動き」に関する事前情報も受けていることを明らかにしたと発表した。この研究は、NCNP神経研究所モデル動物開発研究部の梅田達也室長(元生理学研究所)と、東京都医学総合研究所 脳機能再建プロジェクトの西村幸男プロジェクトリーダー(元生理学研究所)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Science Advances」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
ヒトは、自分の手を誰かに動かされたとき、「どのように動いたか」を簡単に知覚できるが、自分の意思で手を動かす場合は、よほど意識を集中しないと「自分の手がどう動いたのか」を知覚しない。このように、手や足などの末梢部位を自分で動かした場合と、何かに動かされた場合とでは感じ方が異なる。
自分の意思で動かす時には、大脳皮質の運動野から筋肉を動かす指令信号が筋肉に伝わり、筋肉を収縮させる。そして、手にあるさまざまな感覚受容器が動きに応答し、その情報が大脳皮質の一次体性感覚野に伝えられる。一方で、他人に手を動かされた場合は、末梢から一次体性感覚野に感覚情報が伝わるだけとなる。これらのことから、感じ方の違いは、「自分の意思で動かす時には、運動野から一次体性感覚野に運動指令に相当する情報が伝えられ、末梢から一次体性感覚野にもたらされる感覚情報が修正される」ことが原因ではないか、という仮説が考えられてきた。
筋活動に関する事前情報と、感覚受容器からの実際の感覚情報を統合している可能性
今回研究グループは、サルが手を伸ばしてレバーを引く作業をする際に、一次体性感覚野と運動野の活動や、感覚受容器からの信号、筋肉の活動などを同時に計測した。また、一次体性感覚野や運動野にはシート状の多電極アレイを埋め込み、皮質脳波を記録。加えて、上肢の12個の筋肉にワイヤー電極を埋め込み、筋活動も同時に記録した。一次体性感覚野の活動は、主に外からの刺激に対して応答すると考えられていたが、手を伸ばしてレバーを引く運動のときでは動きが始まる前から活動が上昇していた。これは、手の動きによって生じる感覚受容器の活動だけでなく、他の入力源が一次体性感覚野の活動を引き起こしていることが考えられる。次に、運動野と感覚受容器の活動が一次体性感覚野の活動上昇にどのように関与しているか、脳情報デコーディング技術を用いて解析。具体的には、運動野と感覚受容器の活動がそれぞれの度合いで一次体性感覚野に影響を与え、その活動を生み出していると推測し、一次体性感覚野の活動パターンと運動野と感覚受容器の活動パターンとの関係性を表す計算式(デコーダーW)を算出。そして、運動野と感覚受容器の活動を算出されたデコーダーWに当てはめて一次体性感覚野の活動を計算した結果、高精度に再現することに成功した。その実験データを最新の脳情報デコーディング技術で解析したところ、一次体性感覚野が手を動かすよりも前の時点で、運動野から「これからはじまる動き」に関する事前情報を受け取っているという証拠を突き止めた。これは、ヒトの脳があらかじめ、どのような運動をするのか、さらに、どのような感覚情報が来るのかを予測可能であることを示唆している。この事前情報をもとに、自分にとって重要な感覚情報だけを知覚できるようになっていると推察される。
次に、運動野と感覚受容器の活動それぞれが、どのように一次体性感覚野の活動を作り出しているのか分析。一次体性感覚野の動きが始まる前に見られる活動の入力源として、主に運動野の中の一次運動野の活動がふさわしいことが判明した。また、動いているときの活動は、一次運動野と感覚受容器の双方の活動によって説明することができた。このことは、一次体性感覚野が、感覚受容器からの入力を受ける前から、一次運動野からの入力を受けていることを示唆している。
最後に、一次体性感覚野が一次運動野からの入力を受けていることから、一次体性感覚野でも筋収縮に関連した情報を持っていないか、脳情報デコーディング技術を用いて解析を行った。その結果、一次体性感覚野も筋収縮に関する情報を、筋肉が活動し始める前から持っていることが明らかとなった。一次体性感覚野は、一次運動野より少し遅れて筋収縮の情報を持ち始めることから、一次運動野から一次体性感覚野に筋収縮についての情報が伝わってきていることが推察された。これらの結果は、一次体性感覚野が感覚受容器から実際の感覚信号を受け取る前に、未来の筋活動に関する事前情報を受け取っていることを示唆している。このことから、一次体性感覚野が筋活動に関する事前情報と、感覚受容器からの実際の感覚情報を統合していることが考えられるという。
触覚インターフェイス開発への貢献に期待
今回の研究成果により、サルは手の感覚受容器から実際の体性感覚信号を受け取る前の時点で、これから始まるであろう動きに関する事前情報を受け取っていることが明らかになった。手でモノを触ったときに脳は、外界からの刺激や自分の動きによって引き起こされた感覚信号などさまざまな感覚信号を受ける。このとき、ヒトの脳はあらかじめ動きによってどのような感覚情報がくるのか知った状態で、多様な体性感覚信号に対して処理を行うことができるようになっていると考えられる。今後、この一次運動野からの入力が、実際の体性感覚信号にどのように作用して外界からの刺激を知覚するに至っているのかを解明していくことが重要となる。
研究グループは「本研究成果により、私たちがモノを触るときの脳内メカニズムの理解がより進み、将来的に触覚インターフェイスの開発に貢献することが期待できる」と、述べている。