有望な活性を示す天然物の構造改変による改良は非常に困難
東京大学は7月5日、環状ペプチド系抗生物質であるライソシンEよりも強力な抗菌活性を示す人工化合物群の創出に成功したと発表した。この研究は、同大大学院薬学系研究科の井上将行教授、伊藤寛晃助教らの研究グループによるもの。研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」(オンライン版)に同日公開された。
画像はリリースより
薬物耐性菌の蔓延は全世界的に重大な問題と位置付けられており、優れた活性を示す新規抗菌薬の創出が期待されている。ライソシンEは、Lysobacter属細菌の培養上清から単離された環状ペプチド系抗生物質で、黄色ブドウ球菌の感染マウスモデルを用いた治癒活性試験において、薬物耐性菌であるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)起因の感染症治療に用いられるバンコマイシンよりも顕著な治癒効果を示す。さらに、ライソシンEは、細菌細胞膜に存在し、電子伝達系に必須の補酵素であるメナキノンとの複合体形成により、細胞膜を乱すことで抗菌活性を発現するという新しいメカニズムで抗菌活性を有する。したがって、ライソシンEと同様のメカニズムを有し、かつ低濃度で顕著な効果を示す化合物の創出は、新規医薬品としての応用も期待できるため、極めて重要だ。
一方で、ライソシンEのような有望な活性を示す天然物を構造改変し、より優れた性質を持つ化合物を合理的に設計することは、一般的に非常に困難とされている。その理由として、天然物の持つ複雑な部分構造およびそれらの組み合わせの重要性を予測することが難しく、データの蓄積のために多数の構造類縁体を合成・評価する必要があるが、これに長大な期間を要することが挙げられる。
樹脂ビーズ上で人工化合物群を一挙に合成・スクリーニング
今回研究グループは、MRSAにも有効なライソシンEの固相合成法とone-bead-one-compound(OBOC)ライブラリー戦略を応用することで、迅速かつ効率的な抗菌化合物類縁体の創出を目指した。OBOCライブラリーとは、ある構成単位からなる分子に関して、それぞれの構成単位がランダムに変化した類縁体が、ビーズに結合した状態の類縁体分子群を指す。OBOCライブラリーでは、1個のビーズが1種類の化合物に対応するため、合成後に空間的にビーズを分離することで、各化合物の性質を個別に評価することが可能。評価は未精製で実施するため、合成収率は化合物ごとのばらつきが少なく、かつ十分に高いことが求められる。これまで、通常のペプチドよりも複雑な構造を持ち、合成収率が低下しやすいライソシンEのような環状ペプチド系天然物に対して、OBOCライブラリー戦略を適用した例はほとんどなかった。
まず、これまでに研究グループにより確立されたライソシンEの固相合成法を応用し、第3、6、9、11残基を改変した2,401種類からなる極めて微量(0.1–0.6マイクログラム程度に相当)のライソシンE類縁体群を約7,500個のビーズ上で合成した。ここで、新たに構築した高感度な多段階評価系により、期待される性質を有する化合物のみをスクリーニングした。まず、ライソシンとメナキノンが複合体を形成する性質を利用し、ビーズ上のライソシンE類縁体群に、メナキノン-4の溶液を作用させた。結合したメナキノン-4を溶出後、還元反応に付して蛍光性のメナヒドロキノン-4とすることで、高感度に結合メナキノン量を決定することが可能になった。ここで、上位のメナキノン結合量を示したビーズを選出することで、ライソシンEと同様のメナキノンとの結合能があることが期待される化合物を選択した。続いて、これらのビーズに光照射をすることで、ペプチド―ビーズ間の光解離性リンカーを切断し、遊離したペプチドを開環反応後にMS/MS分析に付すことにより、166化合物として構造決定を行った。さらに、これらの化合物を黄色ブドウ球菌に対する抗菌活性試験に付し、顕著な抗菌作用を示した23化合物を選定した。選定化合物を合成・精製し、機能評価したところ、11の新規化合物A1–A11が天然物であるライソシンEと同等あるいはより強力な抗菌活性を示すことが判明した。
今回見出された新規化合物群は、新たな抗菌薬シーズとして大変有用だと言える。また今回の成果は、自然選択の結果優れた性質を示すと考えられている天然物をもとにして、その性質を人工的にアップグレードした新規化合物を迅速に構築・発見することが可能であることを示している。研究グループは、「OBOCライブラリー戦略は、ライソシンE以外のペプチド系天然物にも応用可能であり、さまざまな複雑構造生物活性ペプチドへと応用することで、新たな医薬品候補化合物の迅速な創出に役立てられることが期待される」と、述べている。
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