ヒトiPS細胞から骨格筋細胞を作製、薬剤スクリーニングを実施
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は7月1日、ジスフェルリン異常症の患者由来のiPS細胞から作製した骨格筋細胞を用いて薬剤スクリーニングを実施した結果、ジスフェルリンのタンパク質量を増加させる化合物として既存薬ライブラリーからノコダゾールという抗がん剤を見出すことに初めて成功したと発表した。この研究は、CiRA臨床応用研究部門の國分優子研究員と櫻井英俊准教授、武田薬品工業株式会社の薙野智子研究員(いずれもT-CiRA櫻井PJ)らの研究グループによるもの。研究成果は「STEM CELLS Translational Medicine」にオンライン公開されている。
画像はリリースより
ジスフェルリン異常症は、ジスフェルリンという遺伝子の変異によって引き起こされる希少難治性の筋ジストロフィーで、日本では約200人の患者がいるとされる。同疾患では、筋肉の細胞膜が損傷した時に引き起こされる「膜修復」という機能が弱いため、日常生活の中で徐々に骨格筋細胞へのダメージが蓄積し、四肢の筋肉が動かなくなる患者が多く、QOL低下が問題となっている。しかし、いまだ治療薬は存在せず、新しい治療法の開発が望まれていた。
ジスフェルリン異常症の中でも「W999Cミスセンス変異」と呼ばれる変異を有している患者は日本で最も多く、今回これを研究対象とした。この変異を有するジスフェルリンは、細胞内でタンパク質の折りたたみが正常に行われず、異常な構造のタンパク質が合成されてしまう。この異常なジスフェルリンタンパク質は、まだ膜修復機能を有していると考えられているが、構造異常により細胞内の監視機能に積極的に分解されてしまうため、結果として、膜の修復機能に異常をきたすことが明らかになっている。
抗がん剤「ノコダゾール」、患者由来細胞の膜修復機能を回復
研究グループは2013年に、ジスフェルリン異常症患者由来のiPS細胞を作製し、それを骨格筋細胞へと分化誘導させてジスフェルリン異常症の膜修復異常という病態を、細胞レベルで再現することに成功している。今回は、治療薬開発を行うプロジェクトの一環として、ジスフェルリン異常症ミスセンス変異患者のiPS細胞由来骨格筋細胞を用いて、既に別の疾患の治療薬として販売されている薬剤(既存薬ライブラリー)でジスフェルリン異常症の治療が可能かを検証した。
まず、ジスフェルリン異常症患者と健常人からiPS細胞を作製し、骨格筋特異的転写因子(MyoD1)の強制発現により骨格筋細胞を分化誘導させるシステム、および多量のサンプルに対する安定的な評価系を構築した。構築した評価系を用いて、CiRAと武田薬品工業株式会社の共同研究プログラムであるT-CiRAで薬剤スクリーニングを実施。その結果、既存薬ライブラリーから、抗がん剤である「ノコダゾール」が、ジスフェルリンのタンパク質を濃度依存的に増加させることを発見した。
次に、ノコダゾールによる膜修復回復効果の有無を検証するため、共焦点顕微鏡のレーザーを患者のiPS細胞由来骨格筋細胞の細胞膜に照射し、膜を損傷させてその修復過程を確認したところ、ノコダゾール添加群において膜修復機能の改善が観察された。この結果から、ノコダゾールは細胞内のジスフェルリンタンパク質量を上昇させ、結果として膜修復機能の回復を引き起こすと考えられた。
ジスフェルリンタンパク質の細胞内蓄積で膜修復機能が回復
最後に、ノコダゾールによる膜修復機能回復効果のメカニズムを解析するため、患者iPS細胞由来骨格筋細胞を用いて、ウェスタンブロッティングを実施。その結果、ノコダゾールとコルヒチン添加サンプルにおいて、ジスフェルリンのタンパク質量の上昇が観察された。それに加え、オートファジー(自食作用)に関連する因子であるp62とLC3II(LC3II/Iで評価)の上昇が観察された。この、p62の蓄積とLC3IIの増加は、オートファジー経路の破綻を意味している。
ノコダゾール自体は抗がん剤のため、長期間の投薬が必要となるジスフェルリン異常症患者にとっては細胞毒性が強く使用は難しいと考えられるが、「今回の研究で見出された分解経路をターゲットとしてさらに研究を進めることによって、今後ジスフェルリン異常症に有効な治療薬を見出すことにつながると期待される」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・京都大学iPS細胞研究所(CiRA) 研究成果