30年以上不明だったマラリア原虫の形態変化メカニズム
大阪大学は6月12日、肝臓細胞では宿主因子であるCXCR4によってマラリア原虫の形態変化が起きることを発見したと発表した。この研究は、同大学微生物病研究所の山本雅裕教授(免疫学フロンティア研究センター兼任)らの研究グループによるもの。研究成果は、米国科学誌「Journal of Experimental Medicine」に、同日付で掲載された。
画像はリリースより
マラリア原虫は、蚊を媒介してヒトやマウスに感染し、肝臓を経て赤血球に侵入、さらに増殖してマラリアを引き起こす。WHOの報告によると、アフリカや東南アジア、中南米を中心に1年間で2億人が新たにマラリア原虫に感染し、年間40万人以上がマラリアによって死亡している。現在、世界中の研究機関や製薬会社が抗マラリア薬やワクチン開発を行っているが、未だ抗マラリア薬やワクチンの開発には至っていない。
マラリア原虫には、蚊の体内に潜伏する「昆虫期」と、マラリアの症状を引き起こす「赤血球期」の間に、蚊の唾液腺から宿主内に放出された昆虫期原虫(スポロゾイト)が、まず宿主の肝臓へと移動して肝臓細胞に侵入した「肝臓期」と呼ばれる3つの異なるステージがある。肝臓期では、寄生胞を形成し、その中でスポロゾイトが赤血球原虫(メロゾイト)に分化する。この肝臓期のマラリア原虫は、もともと紡錘形(バナナ型)だったスポロゾイトの形態の中央部が円形に膨らみ、完全な球型に形態変化した後、最終的にメロゾイトへと分化することが30年前に報告されている。しかし、このバナナ型から球型への形態変化がいかにして起きるのか、その分子メカニズムについては、これまで全くわかっていなかった。
CXCR4によるカルシウムイオン濃度の上昇で原虫が分化
今回研究グループは、バナナ型スポロゾイトの球型メロゾイトへの形態変化が PKCζに依存的することに着目して研究を進めた。その結果、PKCζシグナルの標的分子であるCXCR4が肝臓細胞内のカルシウムイオン濃度の上昇を引き起こし、その結果、球型のメロゾイトへと分化することを発見した。
肝臓期のネズミマラリア原虫(Plasmodium berghei)の分化には、宿主因子であるHGF(肝臓細胞増殖因子)やその下流のシグナル伝達分子である PKCζが関与すると報告されている。そこでまず、これらの分子が肝臓期マラリア原虫の分化においてどのステップに関与しているのか詳細に調べた。その結果、PKCζを欠損させた細胞では、スポロゾイトの侵入には影響がなかったが、スポロゾイト侵入後に起こるバナナ型から球型への形態変化が著しく阻害されることを発見。そこで、これらの増殖因子やシグナル伝達因子により発現誘導される遺伝子群を網羅的に解析した結果、CXCR4 の発現が最も顕著に誘導されていることが判明した。
研究グループは次に、CXCR4のスポロゾイト形態変化における役割を調べた。CXCR4を欠損させた肝臓細胞やCXCR4の阻害剤を用いた結果、スポロゾイトはこれらの細胞に進入できてもバナナ型のまま分化が進まなかった。また、CXCR4阻害剤をあらかじめ投与したマウスでは、スポロゾイト感染後の生存率が有意に改善した。
ヒトの原虫でも確認、既存薬がマラリア予防薬になる可能性
ケモカイン受容体であるCXCR4は、活性化すると細胞内カルシウムイオン濃度の上昇が起きると知られている。そこで、スポロゾイト感染により肝臓細胞でCXCR4依存的にカルシウムイオン濃度の上昇が起きるかどうかを検討した。その結果、野生型細胞ではスポロゾイト感染によりカルシウムイオン濃度の上昇が認められたが、CXCR4欠損細胞またはCXCR4阻害剤で処理した細胞ではスポロゾイト感染によるカルシウムイオン濃度の上昇は全く認められなかった。また肝臓細胞に感染させていない状態のスポロゾイトを高カルシウムイオン溶液で培養すると、バナナ型から球型への形態変化が起き、さらに質的にもメロゾイトへの分化が起きた。これらの結果から、カルシウムがスポロゾイトからメロゾイトへの分化を決定することがわかった。また、ヒトの熱帯熱マラリアを引き起こすマラリア原虫(Plasmodium falciparum)でも調べたところ、ヒトに感染するマラリア原虫のスポロゾイトの形状も、CXCR4依存的に球型に変化し、性質的にもメロゾイトへ分化することがわかった。
以上の結果から、肝臓細胞に侵入したバナナ型スポロゾイトはCXCR4を誘導し、肝臓細胞でのカルシウムイオン濃度の上昇を引き起こして、球型のメロゾイトへと分化することが示唆され、CXCR4が肝臓期のマラリア原虫の分化に決定的な役割を果たす宿主因子であることが明らかとなった。既に医薬品として使われているCXCR4阻害剤が、アフリカ・東南アジア・南米の発展途上国を中心に猛威をふるうマラリアの新たな予防薬となることが大いに期待されると、研究グループは述べている。
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