培養すると増殖が悪く、変異が入ることが課題のインフルエンザウイルス
東京大学医科学研究所は4月30日、変異が入ることなく季節性インフルエンザウイルスを効率よく分離培養できる培養細胞株の開発に成功したと発表した。この研究は、同大医科学研究所ウイルス感染分野の河岡教授らの研究グループによるもの。研究成果は「Nature Microbiology」に掲載されている。
画像はリリースより
冬季にヒトの間で流行する季節性インフルエンザウイルスは、その性状が頻繁に変わる。なかでも季節性A/H3N2ウイルスは、A/H1N1pdmやB型ウイルスに比べて抗原性が変化しやすいため流行頻度が高く、時に大規模な流行を引き起こすことがある。また、A/H3N2ウイルス感染は、入院やインフルエンザに関連した死亡の原因となることがある。
季節性ウイルス流行株の性状解析には、臨床検体からのウイルス分離が不可欠。インフルエンザウイルスの分離培養にはイヌの腎臓由来であるMDCK細胞が広く使用されているが、最近の季節性A/H3N2ウイルスはMDCK細胞ではよく増えないこと、さらに、同細胞でA/H3N2ウイルスを分離培養すると、ウイルスの主要抗原であるヘマグルチニン(HA)や抗インフルエンザ薬の標的タンパク質であるノイラミニダーゼ(NA)に変異が生じることが明らかにされている。このようなMDCK細胞への馴化に関わる変異を持ったウイルスでは、正確に性状を分析することはできないため、変異が入ることなく季節性ウイルス流行株を効率よく分離培養できる培養細胞株の開発が望まれている。
ヒト型レセプターを増やし、鳥型レセプターを抑えたhCK細胞
MDCK細胞はヒト型インフルエンザウイルスレセプターと鳥型インフルエンザウイルスレセプターの両方を発現している。研究グループはMDCK細胞における、ヒトの季節性ウイルスの増殖性を向上させるため、MDCK細胞の鳥型レセプター関連遺伝子に変異を導入し、さらにヒト型レセプター関連遺伝子を発現するプラスミドを導入したヒト化MDCK(hCK)細胞を作出した。このヒト上気道のレセプター発現パターンを模範したhCK細胞におけるレセプター発現量を確認した結果、鳥型レセプターの発現量は元のMDCK細胞よりも顕著に低く、ヒト型レセプターの発現量は高いことがわかった。
次に、hCK細胞の季節性ウイルス(A/H1N1pdm、A/H3N2、B型)感染に対する感受性をMDCK並びにAX4細胞(ヒト型レセプターの発現量はMDCK細胞よりも高いが、鳥型レセプターはMDCK細胞と同程度に発現)と比較した。hCK細胞におけるA/H1N1pdmとB型流行株の分離と増殖効率は、MDCK及びAX4細胞とほぼ同程度だった。しかし、A/H3N2流行株の分離と増殖効率は、MDCKとAX4細胞に比べて顕著に高いことがわかった。また、hCK細胞で分離したA/H3N2流行株のHAとNA遺伝子には、変異がほぼ認められなかったのに対し、MDCKあるいはAX4細胞で分離した流行株には高い頻度で変異が見つかり、A/H3N2流行株をhCK細胞で長期間継代しても変異が入らないこともわかった。
今回開発したhCK細胞で分離培養した季節性ウイルスを用いることによって、その抗原性状や抗インフルエンザ薬に対する感受性を正確に分析することが可能になる。研究グループは、臨床検体からの季節性ウイルス分離用細胞として、国立感染症研究所にhCK細胞を分与した。また、国内のワクチン製造会社は、培養細胞ワクチンの実用化に向けて準備を進めているが、現状ではMDCK細胞におけるウイルスの増殖能の低さが原因で十分な供給量を確保できず苦慮している。今回開発したhCK細胞を用いてワクチンを製造することで、十分な量の季節性インフルエンザワクチンを、より安価に供給することが可能になると期待されると研究グループは述べている。
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