心不全の生命予後・再入院などと関連する血中BDNF
北海道大学は1月21日、心不全による骨格筋ミトコンドリア機能と運動能力の低下が、神経系の成長や維持に不可欠なタンパク質である脳由来神経栄養因子(BDNF)の投与により治療できることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究院循環病態内科学教室の絹川真太郎講師らの研究グループによるもの。研究成果は、「Circulation」に掲載されている。
画像はリリースより
心不全患者は運動能力が低下するが、これには骨格筋ミトコンドリア異常が関わっていると考えられている。また、運動能力の低下と心不全の予後不良は密接に関連している。運動トレーニングは、運動能力と末梢骨格筋異常を改善する唯一の治療法であり、心不全の予後を改善することが知られている。しかし、重症の心不全患者では身体活動が大幅に制限され、十分な運動トレーニングを行えないことも多く、代わりとなる薬物治療の開発が求められている。
BDNFは、神経系の成長や発達・維持に関与することが知られる脳由来神経栄養因子。運動により、血中や骨格筋でのBDNF発現が増加することが報告されている。研究グループはこれまで、心不全患者は血中BDNFが低下し、その血中レベルが運動能力と密接に関連していることや、血中BDNFが心不全の生命予後・心不全による再入院などと関連することを明らかにしていた。
運動能力低下と骨格筋ミトコンドリア機能異常が治療可能に
研究グループは今回、心不全モデルマウスへのBDNF投与で、運動能力低下と骨格筋ミトコンドリア機能低下が改善するとの仮説を立て、検証を行った。
まず、心臓の左冠動脈を糸で縛り心筋梗塞・心不全を誘導した心筋梗塞後心不全モデルマウスと、比較対象として心臓の左冠動脈に糸を通す処理のみを施したマウス(偽手術群)を用いて解析。心筋梗塞作成2週間後に心機能評価(心エコー検査)、運動能力評価(小動物用トレッドミル)、取り出した骨格筋のミトコンドリア機能評価(高感度ミトコンドリア呼吸能測定装置)を行った。さらに別の群のモデルマウスを作成し、心筋梗塞手術後2週間目より、リコンビナントヒトBDNF(1日あたり5mg/kg体重)または同BDNFを含んでいない溶媒を2週間皮下投与した。その後、心機能、運動能力、骨格筋ミトコンドリア機能を評価した。
これらの結果から、心筋梗塞後心不全モデルの運動能力低下や骨格筋ミトコンドリア機能異常と骨格筋BDNFが密接に関連していることが判明。また、リコンビナントヒトBDNFにより、心不全の運動能力低下と骨格筋ミトコンドリア機能異常が治療できることも明らかになったという。
その結果、心筋梗塞の2週間後、心機能は障害され、心不全を呈していた。同時に、運動能力も偽手術群のおおよそ 40%程度まで低下し、骨格筋ミトコンドリア機能は低下していた。一方、リコンビナントヒトBDNFを2週間投与した心筋梗塞後マウスでは、溶媒を投与した心筋梗塞後マウスと比較して、有意に運動能力が回復(偽手術群のおおよそ70%まで)。また、骨格筋ミトコンドリア機能も有意に改善したが、心機能や身体活動量には影響しなかった。骨格筋のBDNF発現量をウエスタンブロット法で調べたところ、心筋梗塞後マウスではその発現量が低下し、BDNFの投与で改善した。
これらの結果から、心筋梗塞後心不全モデルの運動能力低下や骨格筋ミトコンドリア機能異常と骨格筋BDNFが密接に関連していることが判明。また、リコンビナントヒトBDNFにより、心不全の運動能力低下と骨格筋ミトコンドリア機能異常が治療できることも明らかになったとしている。
研究グループは、「本研究は運動能力をターゲットとした新たな治療法の発見であり、臨床応用を目指した研究へとつながる貴重な基礎研究であると評価されている」とし、「今回は心不全を対象としているが、骨格筋ミトコンドリア機能異常に基づく運動能力低下は、糖尿病を始めとする種々の慢性疾患における健康寿命の短縮に関与している。本研究結果は幅広い疾患への応用も期待できる」と、述べている。
▼関連リンク
・北海道大学 プレスリリース