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東北地方太平洋沖地震は今もなお(2011年4月8日現在)災害拡大が続いている。歴史に例を見ない大災害は、被災地以外の医療者にも影響を与えている。
そこでQLifeは全国の医師に、「大震災で、自身の医療現場がどのような影響を受けているか」「被災地の医療支援として、どんな取り組みをしているか」を確認した。
インターネット経由で、東北6県と茨城県を除く全国の20-60代の医師402人(病院勤務医245人、診療所開業医157人)から回答を得た。
1.ご自身の患者さん用で「東北地方太平洋沖地震(以下、「大震災」)の影響による供給不足」が心配な医薬品・材料はありますか。<複数回答>
大震災の影響で医薬品不足を心配する声は、被災地周辺だけでなく、全国に及んだ。心配をしていない医師は、全体で3割に満たない。
具体的には、「チラーヂン」(あすか製薬)の供給が心配とする声が圧倒的に大きい。続いて、「漢方薬」、「ディナゲスト」「エンシュア」「アトニン」「ラコール」の不足が懸念されている。代替品がない/乏しいとされる医薬品や、本来の使用スケジュールに遅れることが患者さんの容体に重大な影響を及ぼすものが、多く回答されている
2.「医薬品・材料の供給不足」以外に、「ご自身の診療現場」において、大震災の影響で今後心配なことはありますか。<複数回答>
医薬品不足以外にも、様々な不安に医師は直面している。特に、計画停電が実施されている地域や、それに隣接する地域では、停電関係を心配する声が非常に強い。電気なしでは現代の医療が立ち行かないことが改めて認識される。
首都圏以外では、「患者減少」「医師不足」「「放射能」が心配の上位。放射能は、「問い合わせが増加」以外にも「放射線検査を渋る患者増加」「安全な水や食材の入手困難」(入院施設がある医療機関では切実)といった多面的な影響を見せている。また、「患者増」と「患者減」の両方が心配されており、これはサービス・キャパシティの可動幅が狭い医療の特徴を表しているかもしれない。さらに、「被災者の診療をした費用は支払われるのか」という指摘も、現時点では少数であったが今後は問題として大きくなる可能性がある。
なお、「ない」の回答者も、不安要素がゼロというわけではなさそうだ。「医療に携わる以上、災害時や救急患者搬入時に個々の負担が増加する事は当然」(病院/埼玉)、「今回思ったのは備えをどんなにしても防げない事があると言う事。それよりも柔軟に対応できる事、パニックにならない事が大切。ないものはない、出来ない事は出来ない」(病院/兵庫)という見地での回答も少なくなかった。
具体的な心配内容や、エピソード
【停電】
- MRIなどの機器は3時間の停電でも電源を落としたり復旧作業を行うのに数時間以上かかるため必要な検査が出来ない。(病院/東京)
- レントゲン、内視鏡、超音波検査などの予約検査の中止。発電機の増設で対処したいが、レントゲンは電圧の点で難しく、精密医療機器は故障が心配なため、発電機での使用が難しい。(診療所/神奈川)
- 手術の予定が全くと言っていいほど組めない。レーザー・光治療機・消毒用の機器も使えない。(診療所/栃木)
【人員】
- 今後被災地の入院患者さんを受け入れるべく、未使用の病棟を整備中だが、受け入れたところで看護師・医師等スタッフが足りない。今でさえギリギリの状態なのに、今後やっていけるのか心配。(病院/埼玉)
- 後方支援用での医師派遣が予想されるが、急な補充が可能とは思えない。(病院/福岡)
- 医療者の疲弊。勤務医は通常でもぎりぎりの状態で働いている場合が多い。患者の増大はこの状況では当然だが、医療者は厳しいと思う。(病院/埼玉)
【患者数】
- 一般婦人科なので、景気悪化による受診控えがあると、クリニック経営が苦しくなりそう。(診療所/東京)
- 交通機関が不便になっているため(バスも便数が減っている)、当科(リハビリテーション科)のように患者の移動に障害がある科は受診回数を減らす人が多い。(週2回→週1回)(病院/東京)
【放射能】
- 放射線に関する問い合わせ・受診の増加。(診療所/静岡)
- 放射線検査への抵抗。(病院/東京)
【水や食材】
- 水の放射線汚染に伴っての、人工透析患者への影響および安全な病院食の提供など。(病院/埼玉)
【その他】
- 慢性疾患であまり投薬の意味のない患者が、多量の薬を要求してきたケースがすでにあった。(今後薬がなくなるのが不安と言って)(病院/神奈川)
- 同じ敷地内の社会福祉施設で福島県の被災者を受け入れたため処置等で受診している患者がいる。その支払いについて具体的な対応の仕方がわからない。支払いを各支払い基金や個人ができるのか、国は決めていても実際保険の確認方法等説明が難しくて理解できないでいる。(診療所/栃木)
- 地元の救急搬送が手薄になる。(病院/群馬)
3.前問で回答した“心配” を解消するために、取り組んでいることを、教えてください。
課題に対する解決には、多くの医師が苦慮している。特に、停電関連と人員関連では、「冷静な対応を根気強く続けるしかない」(診療所/静岡)、「ただただ耐えるしかない」(診療所/千葉)という声が半数近くに上った。
ただし、不安要素がまだ顕在化していない医療機関では、今回の大震災を機に、「マニュアル作成/改善」「シミュレーション」などに取り組んでいるところも多い。
【停電】
- 停電がないとわかった段階で、急いで予定患者に連絡をして、可能な限り来院してもらう。(診療所/栃木)
- 受診する代わりに自宅で自主訓練できるように指導したり、他科受診を勧める。(病院/東京)
- インターネット等の告知、予約診療の一時中止。(診療所/神奈川)
【人員】
- 今のうちから、遠方の病院との密な信頼関係を築いておく。(診療所/埼玉)
- 急激な患者増加に対応して急に必要なスタッフを確保することは不可能であるため、現在のスタッフでシフトを引いて対応するプランを立てた。(診療所/北海道)
- 解消のための取り組みは特にありません。耐えるだけです。(病院/長野)
【患者数】
- 普通に今までどおり診療に当たるしかない。あとはホームページやブログなどで受診勧奨すること。(診療所/東京)
- 削減できそうな固定費・変動費を見直し中。(診療所/香川)
【放射能】
- 被爆量を把握して、「他の事象における死亡との比較(タバコの発がん性や交通事故に遭遇する頻度)」を説明。(病院/東京)
- 放射線障害に関する資料を集めている。(病院/東京)
【水や食材】
- 水の確保および貯留タンクの手配。(病院/埼玉)
【その他】
- 長期処方を希望する患者には、「被災地の方に有効に医薬品を届けましょう」とお話している。 (病院/神奈川)
- 医師会や厚労省のサイトなど、ネットで必死に調べている。(診療所/東京)
4.あなたは、被災地の医療現場に出向いて支援をしたいと思いますか。一番近いものを選んでください。
8割の医師が、被災地の医療支援に「行きたい」と考えている。ただし、自らも担当患者を抱えていたり、診療所の院長であったりして、実際に行ける医師は多くはない。
被災地内に、元々人材交流関係があった医療機関がある病院では、既に個別にスタッフ派遣などを行っているし、医師会やNPOなどを通じた医療スタッフ派遣も行われている。逆に、被災地圏外への患者移動に伴って被災地から県外転勤している医療スタッフも多い。よって、回答者の多くは、既に医療支援に行った友人・知人・同僚などから、実際の話を聞き及んでいると想像される。
5.被災地の“医療”支援のために、ご自身が既にやっている、あるいは今後1-2週間以内にやろうと考えていることは何でしょうか。<複数回答>
「医療」に限定して、被災地支援をどのように考えているかを、訊いた。「義捐金以外に何もできないのが悔しい」といった記入も多く見られるなど、義捐金・寄付は、ほとんどの医師が既に行っていた。2位の「節電」までは、一般の人でもおそらく同じであろう。「節電」は東京電力サービス対象外の地域でも実施度合いは4割を超えた。
3位以下は医療者に特徴的な内容が並ぶ。(医薬品不足を抑制するための)「長期処方の制限」、「被災地からの患者受け入れ」に関しては、呼びかけをしている医師会・自治体なども少なくないようで、比較的実施している医師も多かった。
6.大震災のような災害に備えて、今のうちにあなたが知っておきたい情報(医療関係に限定)は何ですか。
未曾有の大震災を目の当たりにして、およびその影響が自らの医療現場にも少なからず及ぶにあたり、新たに知っておきたくなった情報が何かを訊いた。
最も多かったのか医薬品に関する情報で、「供給ルート」や「製造工場の地理」、「在庫状況」などあわせると、36%に及ぶ。それ以外では、「電力や水の確保方法」、「限られた医療資源下での診療ノウハウ」などが上位であった。(任意回答者120名の自由記入からの読み取り集計)
なお「その他」の内容は、「医療設備が不充分な場合の、診療行為における医師の責任・応召義務や、医療事故や見逃しに対する補償」(診療所/徳島)、「医療機関の耐震対策に対する助成」(病院/長野)といった、お金に関するものを含め、多岐にわたった。
「大震災の全国の医療現場への影響」 実態調査