加齢によるT細胞の免疫力低下とSPD欠乏の関連は未解明だった
京都大学は10月28日、細胞の生存、増殖、ミトコンドリアの機能維持に必須の生体内ポリアミンであるスペルミジン(spermidine:SPD)が、若齢T細胞と比較し老化T細胞において減少し、エネルギー産生や脂肪酸酸化等のミトコンドリア機能の低下の原因になっていることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学研究科附属がん免疫総合研究センターの本庶佑センター長、Fagarasan Sidonia教授(兼:理化学研究所チームリーダー)、茶本健司特定准教授、Al-Habsi Muna研究員(兼:National Genetic Center, Oman)、医学研究科の野村紀通准教授、東北大学の松本健助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Science」にオンライン掲載されている。
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哺乳類では、加齢に伴い免疫系が低下する。これは、胸腺の退縮によるT細胞の抗原レパートリーの減少、炎症による細胞代謝の変化、免疫細胞の増殖・分化・生存能力の低下など、複数の要因によるものである。高齢者は重度の感染症やがんに罹患することが多く、PD-1阻害を含むがん免疫療法においては、若年者と比較して有効でない場合が多い。
生体内ポリアミンであるSPDは加齢とともに減少するが、SPDの補給は免疫系を含むいくつかの加齢関連病態を改善、または遅らせることが示されている。SPDによる免疫系の若返りのメカニズムとして、オートファジー、タンパク質の翻訳活性、ミトコンドリア代謝の強化が知られている。SPDの補給は、動物モデルにおいて抗腫瘍免疫を強化することが報告されているが、加齢によって引き起こされるT細胞の免疫力の低下にSPDの欠乏がどのように関連しているのかは、まだほとんどわかっていない。
CD8+T細胞のミトコンドリア代謝やエフェクター機能への加齢の影響/SPD補充による回復を検証
CD8+T細胞(キラーT細胞)は腫瘍免疫のキープレイヤーであるため、研究グループは、加齢マウスを用いて加齢がCD8+T細胞におけるミトコンドリア代謝やエフェクター機能にどのような影響を与えるかを調べた。また、加齢マウスではPD-1阻害抗体によるがん免疫治療が効かなくなるが、SPD量の低下が不応答性の原因になり得るかどうかを検討した。さらに加齢マウスへのSPD補充によってCD8+T細胞機能が回復するかを検証し、分子生物学的手法を用いてSPDの分子作用機序を明らかにすることを目指した。
高齢マウスで、SPDの投与によりがんに対するPD-1阻害抗体免疫療法効果が回復
結果として、細胞内のSPD総濃度および遊離SPD濃度は、加齢マウスのCD8+T細胞において、若齢マウスと比較し約半分であることがわかった。CD8+T細胞のミトコンドリア活性を測定したところ、高齢CD8+T細胞は、若齢CD8+T細胞に比べ、酸素消費率、ATP産生、脂肪酸酸化(FAO)活性が低く、ミトコンドリア活性が損なわれていることがわかった。高齢マウスでは免疫力低下のため、がんに対するPD-1阻害抗体免疫療法が無効となるが、SPDの投与により高齢マウスにおいても治療効果が回復することを明らかにした。SPD併用は、若齢マウスにおいてもPD-1阻害抗体の抗腫瘍効果を増強した。SPDの併用は、治療中におけるCD8+T細胞の増殖、サイトカイン産生およびミトコンドリアATP産生を増強した。試験管内の試験では、SPDが1時間以内にミトコンドリア機能を増強したことから、SPDがミトコンドリア関連タンパク質に直接結合している可能性が示唆された。
脂肪酸酸化を担う酵素(MTP)に直接結合、酵素活性を上昇させる
そこで生化学的手法を用いて、SPDが結合するT細胞由来タンパクを探索したところ、SPDは脂肪酸酸化の中心酵素(mitochondrial trifunctional protein:MTP)に結合することが確認された。MTPはαサブユニットとβサブユニットから構成されており、どちらもSPDと結合する。大腸菌で合成・精製したMTPを用いたいくつかの無細胞系アッセイにより、SPDはMTPに強い親和性(Kd=0.1μM)で結合し、FAO酵素活性を構造的に変化させ増強することが明らかになった。MTPαサブユニットのT細胞特異的欠失マウスを用いた実験では、SPDによるPD-1阻害抗体の治療増強効果が完全に失われたことより、SPDによるT細胞の抗腫瘍効果増強にはMTP依存的であることが示された。
老化個体の脂肪酸酸化の活性を高めるSPDの補充、加齢に伴う免疫異常の予防や改善に期待
今回の研究により、老化によって免疫力が低下する原因の一面を解明した。SPDの補充は老化個体における脂肪酸酸化の活性を高め、CD8+T細胞のエフェクター機能を高める。SPDの補充は、加齢に伴う免疫異常の予防や改善を行うだけでなく、PD-1阻害療法に反応しないがんに対する戦略の開発を促進する可能性があり、新たな知見を提供するものであるという。「SPDが脂肪酸酸化を担う酵素に直接結合し、T細胞の脂肪酸酸化を活性化するという発見は、がん免疫だけでなく自己免疫疾患等の炎症性疾患の機序解明・治療法開発に資する成果である。今後はSPDとPD-1抗体の併用治療の臨床応用を目指すと同時に、他の疾患に対する影響についても検証する。」と、研究グループは述べている。
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