ALS原因タンパク質「TDP-43」が加齢とともに溜まりやすくなるのはなぜか
新潟大学は9月27日、筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)の発症機序に、「DNAのメチル化」が関わっていることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大脳研究所脳神経内科・分子神経疾患資源解析学分野の小池佑佳博士研究員(米国・メイヨークリニック留学中)、須貝章弘助教、小野寺理教授らの研究グループと、同研究所病理学分野の柿田明美教授ら、同研究所遺伝子機能解析学分野の池内健教授らとの共同研究によるもの。研究成果は、「Communications Biology」に掲載されている。
画像はリリースより
ALSは中年期以降に発症し、運動野の神経細胞を障害する難病。特定の場所を「加齢により侵す」という特徴は、ALSの最大の謎であり、解明の鍵があると考えられている。ALSでは、TDP-43(Transactivation responsive region DNA-binding protein of 43kDa)というタンパク質が細胞の中に溜まる。TDP-43の量が増えると溜まりやすくなり、細胞に障害を引き起こす。そのため、正常な細胞では、TDP-43の量が増え過ぎないように厳密に調整されている。
TDP-43タンパク質が過剰な場合は、TDP-43自身のメッセンジャーRNA(mRNA)に作用することで、スプライシングという仕組みを使ってこのmRNAを破壊し、TDP-43タンパク質の量を減らす。これは「TDP-43の量の自己調節」と呼ばれる機構だ。これまでに研究グループは、この機構の仕組みを明らかにしてきた。しかし、TDP-43の量の自己調節機構がありながら、何故、年をとると運動野の細胞にTDP-43が溜まりやすくなるのかは、明らかになっていない。
「TDP-43の量の自己調節」に関与するDNA領域のメチル化に着目
年をとると、DNAにさまざまな変化が起きる。その一つに「DNAのメチル化」がある。これは、タンパク質の設計図であるDNAの一部にメチル基(CH3)が加わることを指す。DNAのさまざまな部位がメチル化される。このメチル化の程度が変わることで、同じDNAでありながら、作られるタンパク質の量や種類が変わる。同じDNAから、さまざまな臓器ができる仕組み、親の経験が子に伝わる仕組み、レット症候群などの病気の背景になっている。
また、DNAのメチル化の程度は、遺伝子や身体の部位毎に異なる。脳部位によっても異なり、加齢の影響を受ける。ALSを発症する最大の危険因子は加齢であることから、研究グループは「TDP-43の量の自己調節」に関与するDNA領域のメチル化に着目した。
健常な脳の運動野で、TDP-43の量の自己調節に関与するDNA領域で加齢とともに脱メチル化
研究ではまず、細胞で、「TDP-43の量の自己調節」に関与するDNA領域を選択的に脱メチル化した。その結果、この領域の脱メチル化は、TDP-43自身のmRNAのスプライシングを阻害し、TDP-43遺伝子の発現量を増加させることが明らかになった。この特定のDNA領域のメチル化が、TDP-43の量の自己調節機構に影響を及ぼしていることを示した。
次に、ヒトの脳組織で、「TDP-43の量の自己調節」に関与するDNA領域のメチル化状態を調べた。その結果、このDNA領域のメチル化状態は、脳の部位によって、異なっていることがわかった。興味深いことに、疾患がなかった健常な脳の運動野では、このDNA領域は加齢とともに脱メチル化することが明らかになった。
さらに、細胞の実験結果から予想されたように、「TDP-43の量の自己調節」に影響する脱メチル化と、TDP-43遺伝子の発現量の増加には、相関関係があることが確認された。TDP-43は、量が増えると細胞に溜まりやすくなり、細胞に障害を引き起こす。そこで、運動野のTDP-43タンパク質の量を調べると、このDNA領域の脱メチル化が進むほど、TDP-43が溜まっていたことがわかった。これらの結果から、ALSにおいて、加齢により運動野の細胞が侵される謎には、「TDP-43の量の自己調節」に影響するDNAのメチル化が関わっている可能性が示された。
脱メチル化の程度から生物学的な年齢を推定、ALS発症年齢と関連
DNAメチル化の程度から、ヒトの身体の本当の年齢(生物学的な年齢)を推定できる。生物学的な年齢は、さまざまな疾患の発症に関係していることが知られている。そこで、「TDP-43の量の自己調節」に影響するDNA領域の脱メチル化の程度から、ALS患者の運動野における生物学的な年齢を推定した。その結果、生物学的な年齢が進んでいる程、ALSを発症する年齢が若くなることが示された。すなわち、「TDP-43の量の自己調節」のDNA領域の脱メチル化は、ALSを発症する年齢と関連することがわかった。
研究により、TDP-43の量の自己調節に関わるDNA領域は、運動野で加齢に伴い脱メチル化し、TDP-43の量の増加につながることが判明した。これにより、今まで謎であった、加齢により、特定の場所に病気が引き起こされる謎の手がかりがつかめた。さらに、ALS患者では、この現象がALSの発症と関連する可能性がある。「TDP-43の量の自己調節に関わるDNA領域のメチル化状態は、ALSに対する有望な治療標的になる可能性がある」と、研究グループは述べている。
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