さまざまながん治療標的として期待されるGPR87
名古屋大学は5月17日、前臨床研究として、GPR87を分子標的とする抗ヒト GPR87モノクロナール抗体を開発し、その抗体を用いた悪性中皮腫、肺がんに対する近赤外光線免疫療法の応用開発に成功したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科呼吸器内科学の安井裕智大学院生、同大高等研究院・JST科学技術人材育成のコンソーシアムの構築事業 次世代研究者育成プログラム・JST創発的研究支援事業採択研究者・最先端イメージング分析センター/医工連携ユニット907プロジェクト(B3ユニット:若手新分野創成研究ユニット)・同大呼吸器内科学の佐藤和秀S-YLC特任助教、株式会社ペルセウスプロテオミクスの石井敬介主任研究員らの研究グループが、産学連携共同研究として行ったもの。研究成果は、「EBioMedicine」の電子版に掲載されている。
画像はリリースより
肺がんは、世界の癌死の中で最も多い疾患。また、悪性胸膜中皮腫は近年増加傾向であり、治療法が限られる予後が非常に悪い疾患であり、いずれの疾患も新たな治療法が求められている。GPR87というタンパク質は、成人の正常細胞には発現が乏しく、肺がん、膵臓がん、子宮頸がん、皮膚がんなどのさまざまながん細胞の細胞膜に発現していることが確認されており、がん治療の有力な治療標的と考えられている。しかし、その生理的機能など不明な点が多く治療薬の開発は進んでいない。
近赤外光線免疫療法は、2011年に米国国立がんセンター・衛生研究所(National Cancer Institute, National Institutes of Health)の小林久隆博士らが報告した、新しいがん治療法。がん細胞が発現するタンパク質を特異的に認識する抗体と光感受物質IR700の複合体を合成し、その複合体が細胞表面の標的タンパク質に結合している状態で690nm付近の近赤外光を照射すると細胞を破壊する。今回、研究グループは、GPR87を標的とした近赤外光線免疫療法の開発を行った。
肺がんや悪性胸膜中皮腫の日本人手術検体でGPR87の高頻度な発現を確認
研究グループは、名古屋大学医学部附属病院で手術を受けた日本人患者のうち、研究目的での使用に同意があった手術検体を用い、腫瘍組織に免疫染色を行った。その結果、非小細胞肺がんの約6割、小細胞肺がんの4割、悪性胸膜中皮腫は全例でGPR87の発現を認めた。
マウスにGPR87ab-IR700治療で有意な腫瘍の増大抑制と生存の延長
そこで、抗GPR87ヒト化抗体(GPR87ab)を開発し、GPR87abと光感受物質IR700との複合体GPR87ab-IR700 を作製した。このGPR87ab-IR700を用い、肺がん・悪性胸膜中皮腫細胞に対する近赤外光線免疫療法を実施。顕微鏡で観察したところ、近赤外光の照射後、速やかに細胞の膨張、破裂、細胞死が見られた。標的細胞と非標的細胞に同時に近赤外光を照射したところ、標的細胞のみに細胞死が起こり、非標的細胞には特に影響はなかった。担がんモデルマウスにおいては、有意な腫瘍の増大抑制と生存の延長が示された。
今回、GPR87を標的とする肺がん・悪性胸膜中皮腫に対する近赤外光線免疫療法の効果が、細胞実験と動物実験で確認された。また、GPR87は肺がん・悪性胸膜中皮腫に高率で発現していることが確認された。近赤外光線免疫療法を人の肺がん治療、悪性胸膜中皮腫へ応用する際、基礎的知見として貢献することが期待される。研究グループは、「胸部腫瘍に対する近赤外光の照射デバイスの開発や従来の治療との併用など、今後の応用が検討されている」と、述べている。
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