未来を想像することは、ネガティブ感情の軽減につながるか
京都大学は3月2日、未来の自分を想像して手紙を書くことの効果を実験的に検証した結果を発表した。この研究は、同大こころの未来研究センター千島雄太特別研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、「Applied Psychology : Health and Well-Being」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
新型コロナウイルスの蔓延に伴い、人々のネガティブ感情が高まっていることが指摘されている。これまで、未来の自分に手紙を書く課題は、貯蓄行動、道徳的な判断、健康促進行動などに効果があることが示されていたが、メンタルヘルス分野での検討は行われていなかった。そこで研究グループは、未来について考えることがネガティブ感情を軽減させるのではないかという仮説を立て、未来の自分を想像して手紙を書くことの効果を実験的に検証した。
手紙を書く行為により「現在の状態はずっとは続かない」という認識が高まると推察
2020年4月13~15日の期間に、738人の実験参加者からオンラインでデータを取得。参加者は、現在の生活の記述の後に1年後の自分に手紙を書く「未来への手紙条件」、現在の生活の記述の後に1年後の自分の立場から現在に向けて手紙を書く「未来からの手紙条件」、現在の生活の記述のみを行う「統制条件」にランダムに割り当てられた。「未来からの手紙条件」では、1年後にタイムスリップしたと想定して、1年前(実際には2020年4月)に手紙を書くこととし、全ての条件で、記述の中に新型コロナウイルスの影響について書くように指示された。
実験の前後で、感情状態(恐怖、怒り、悲しみ、喜びなど)、時間的距離化(現在から距離を置いて長期的な視野を持つ態度)を測定。加えて、1年後のコロナウイルスの影響に関する予測についても尋ねており、2020年4月当時、「1年後に状況が良くなる」と回答した者の割合は64.4%であり、「悪くなる」と回答した者は13.8%であった。このことから、多くの人が1年後(2021年4月)には状況が好転すると信じていたことがわかる。
分析の結果、「未来への手紙条件」と「未来からの手紙条件」で同程度のネガティブ感情の減少が認められた一方、「統制条件」では大きな変化はみられなかった。同様に、ポジティブ感情と時間的距離化の得点については、手紙の前後で増加が認められた。続いて、効果のメカニズムを探るために媒介分析を行った結果、手紙を書くことの効果は、時間的距離化の増加によって説明されることが示された。つまり、手紙を書くことで「現在の状態はずっとは続かない」という認識が高まり、ネガティブ感情が軽減されたと考えられるという。
以上の分析結果については、年齢、性別、1年後のコロナウイルスの影響に関する予測(悪くなる・変わらない・良くなる)、記述された文字数の影響をコントロールしても、同様の効果が示された。
すぐに始められるセルフケアの一手法として普及する可能性
今回の研究成果により、社会的距離(ソーシャル・ディスタンス)を確保することが要求される世の中で、大変な現状から時間的距離(テンポラル・ディスタンス)を取って、パンデミックという現象をより長い目で見ることの意義が示された。手紙を書くという作業は、人との接触も不要で、パンデミック下でもすぐに始められるセルフケアの一手法として今後普及していく可能性がある。
「研究では手紙によって、一時的にネガティブ感情が減少することを示したが、効果の持続性については未検討だ。今後、この点について検討するとともに、手紙を用いた介入プログラムなどを考案し、メンタルヘルスの改善にとって効果的な取り組みを進める予定だ」と、研究グループは述べている。
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