食欲の低下に関連する「脳の活動」を脳磁図で測定
大阪市立大学は1月23日、心理的ストレスが原因となって食欲に変化が生じる脳神経メカニズムを明らかにしたと発表した。この研究は、同大学大学院医学研究科運動生体医学の吉川貴仁教授、石井聡病院講師らの研究グループによるもの。研究成果は、科学雑誌「PLOS ONE」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
現代社会には、さまざまな心理的ストレスが存在している。心理的ストレスによって食欲の増加や減少が引き起こされ、健康を害する要因となることは知られている。しかし、心理的ストレスが食欲に影響を与える神経メカニズムは明らかにされていなかった。
今回の研究では、試験や人前でのプレゼンテーションなどの心理的負担のかかるイベントを目前に控えた状態を実験的に作り出し、このような将来の心理的負担を予期することで生じる「食欲の低下に関連する脳の活動」を脳磁図という方法を用いて測定。なお、先行研究において食品の画像を見ている間の脳の活動を測定することで、食欲や食行動に関わる脳の働きを探ることができることが知られている。
健常成人男性22人に「ストレス条件」と「非ストレス条件」の実験を実施
同研究では、健常成人男性22人を対象に、「ストレス条件」と「非ストレス条件」の実験を別々の日に実施。いずれの条件においても、人前で暗算とスピーチを実施する課題(暗算・スピーチ課題)と、その後に行う食品の画像を見る課題(画像課題)を行った。さらに、暗算・スピーチ課題から画像課題に移る前に、以下のように予告した。
ストレス条件:「画像課題の終了後にもう一度、暗算・スピーチ課題を実施します」
非ストレス条件:「画像課題の終了後に、簡単なアンケートだけ答えてもらいます」
人前で行う暗算とスピーチには相当な心理的負担がかかるため、ストレス条件では、再度実施すると告げられた暗算・スピーチ課題のことを予期しながら(ストレスフルな状況下で)、食品の画像を見ることになる。このような2つの条件で、画像課題中の脳の活動を脳磁図により測定した。なお、実験参加者には、前日の夜以降の食事・間食等を禁止し、当日は空腹の状態で参加してもらった。
ストレス条件では食欲が抑制された状態に、前頭極が関連
実験の結果、ストレス条件では画像課題の直前・直後のタイミングで実験開始前に比べてストレスの自覚度合いが増加していたが、非ストレス条件では増加を認めなかった。ストレスがかかっているときには、交感神経系の活動が増加する。そこで、画像課題中の交感神経系の活動を調べた結果、ストレス条件では非ストレス条件に比べて活動が増加しており、この結果からもストレス条件では非ストレス条件に比べて心理的なストレスを感じた(ストレスフルな)状態で画像課題を行っていたことが確認できたという。また、非ストレス条件では実験開始前、画像課題前、画像課題後と時間が経過するにしたがって食欲が増加したが、ストレス条件では食欲の増加は認められず、ストレス条件では非ストレス条件に比して相対的に食欲が抑制された状態であったと考えられた。
続いて、ストレス条件と非ストレス条件とで食品画像を見ている間の脳の活動に違いがあるかを検討したところ、ストレス条件では非ストレス条件に比べて前頭葉の一部である前頭極という脳領域でα帯域(8~13 Hz)の脳磁場活動に変化がみられることがわかった。
これらの結果より、心理的に負担のかかるイベントを目前に控えた状況下における食欲の抑制には、前頭極が関わっていると考えられる。前頭極は、将来の出来事の予期や食欲の制御に関わっていることが報告されているため、心理的負担のかかるイベントを予期することに伴って活性化された前頭極が、もうひとつの役割である食欲の制御という機能をも同時に発動してしまい、食欲が抑制された可能性があるという。同研究では、心理的負担のかかるイベントを予期するという状況を実験的に作り出して検討したが、この結果は、心理的なストレスを感じる状況が異なれば、食欲に変化が生じる脳のメカニズムも異なるということも示唆している。
食事摂取は食欲のみによって制御されているわけではないが、食欲が脳の中でどのような仕組みで制御されているかを知ることは、ヒトの食行動を理解する上で大切なポイントのひとつだ。今後、食欲の神経メカニズムが明らかになれば、個々のケースで食欲を適切なレベルに保つことができていない原因を明らかにして、その対策を講じることが可能になると期待される、と研究グループは述べている。
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・大阪市立大学 プレスリリース