複数の異なる神経細胞種の協調的な発火パターンを解明する研究
東京大学は5月10日、脳情報動態の多色HiFi記録を実現する超高感度カルシウムセンサーの開発に成功したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の井上昌俊特任助教(研究当時)、竹内敦也大学院生(研究当時)、尾藤晴彦教授らの研究グループが、山梨大学総合研究部医学域の真仁田聡助教、喜多村和郎教授らと共同で行ったもの。研究成果は、「Cell」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
カルシウム(Ca2+)が神経発火に伴い細胞内に流入することを生かして、蛍光Ca2+センサーを用いて脳情報を解き明かす試みが近年急速に広まっている。しかし、従来のCa2+センサーは、「遅い反応動態のため発火パターンの読み取りが不十分」、「蛍光の色が少なく、用途が制限されている」などの課題点があった。この問題点を解決するためには「青、緑、黄、赤色の4色」、「キネティクスが早い」、「発火回数と蛍光変化に線形の関係がある」、「広範囲のCa2+濃度を線形的に高感度検出する、遺伝子にコードされたCa2+センサー(GECI)の開発」が必要と考えられる。
脳は複数の異なる神経細胞種の協調的な発火パターンにより正常機能を発揮すると考えられているが、これを解明するための高性能多色Ca2+センサーの開発が望まれていた。
XCaMP-YとXCaMP-Rを用い、興奮性細胞の樹状突起と抑制性細胞の軸索の同時計測に成功
これらの条件を実現するためには、Ca2+濃度と蛍光強度の変化の関係であるHill係数が1付近のGECIを作出することが必要となる。しかし、従来のGECIはHill係数が2~3付近であることから、複数の発火に対し非線形的に蛍光強度が変化し、かつ、広範囲のCa2+濃度を検出するのが困難だった。そこで研究グループは、これらの問題を解決するために、超高速、高感度、Hill係数1かつダイナミックレンジが大きい多色GECIを作成することを目指した。
研究グループは、従来のGECIのHill係数の値が1を大幅に上回るのは、CaM結合領域として筋肉由来タンパク質のCa2+結合配列が用いられていたためではないかと推察。そこで、神経細胞由来タンパク質CaMKKのCaM結合配列を参考にした新規配列を設計して挿入し、さらに複数個所に変異を導入した。
その結果、Ca2+応答が最速のXCaMP-Gf、および単一の活動電位に伴うCa2+応答が、最大のダイナミックレンジを持つXCaMP-Gの開発に成功。さらに、これをもとに多色化変異を試み、青色のXCaMP-B、黄色のXCaMP-Yおよび赤色のXCaMP-Rを創出した。結果的に、Hill係数がおよそ1付近の値をとり、生体内Ca2+計測に威力を発揮する線形GECIシリーズ「XCaMP」を開発した。
初めに、Hill係数を1にした効果を検証するために、マウス生体内大脳皮質興奮性錐体細胞において、2光子イメージング法と電気生理法を同時に実施。その結果、全てのXCaMPセンサーが神経発火回数と蛍光強度の変化の間に強い線形の関係を有することを見出し、単一の活動電位を鋭敏に検出することを示した。
次に、世界最速のXCaMP-Gfoを用いることにより、マウス生体内において高頻度発火するパルアルブミン(PV)陽性細胞の発火パターンを、従来のGECIよりも最も精度良く読み取れることを示した。また、生体内で計測可能な初めての青色GECIのXCaMP-Bを作成したことにより、自由行動下においてXCaMP-GfとXCaMP-Rを組み合わせて、ファイバーフォトメトリー法を用いてマウス前頭前野における異なる3種類の神経細胞種(興奮性錐体細胞、抑制性のPV陽性細胞およびソマトスタチン(SST)陽性細胞)の活動同時計測に初めて成功した。その結果、抑制性PV陽性細胞がSST陽性細胞に先行して活動し、その相前後に興奮性錐体細胞が活動するという各細胞種が時間的に精緻に制御されていることを初めて示した。さらに、従来測定可能な色域が限られていたため、樹状突起または軸索の一方のみしか活動計測できず、両者の関係については測定困難だったが、XCaMP-YとXCaMP-Rを用いて、生体内において初めて興奮性細胞の樹状突起と抑制性細胞の軸索の同時計測に成功し、時空間的な軸索・樹状突起の制御を明らかにした。
最後に、XCaMP-Rが赤色と長波長シフトしているため、光の組織内散乱が少ないことを利用し、可視化対象上部の大脳皮質を一切除去せず、非侵襲的に海馬CA1領域の錐体細胞神経活動の直接計測を実現した。
計測困難だった脳情報動態を明らかにする新規の方法論
今回の研究は、XCaMPを用いることで、従来計測困難だった神経回路の複雑なダイナミクスが織りなす脳情報動態を明らかにする、新規の方法論を提示したと言える。
研究グループは、「この研究成果は、生きた動物で多種類の神経細胞種を同時かつ発火パターンを読み取ることが飛躍的に向上したことを示す初めての報告。今後、複数細胞種の神経ダイナミクスの破綻により発症すると考えられる自閉症や統合失調症等の精神疾患の神経基盤を明らかにすることが期待される。本研究は特に脳神経機能に着目したXCaMP利用法を実証した。Ca2+は全ての細胞機能に重要であることから、神経・精神疾患以外にもCa2+動態の異常が関連する循環器疾患、アレルギーなどの原因解明や創薬スクリーニングの精度向上につながることが期待される」と、述べている。
▼関連リンク
・東京大学大学院 医学系研究科・医学部 プレスリリース