5剤の治療薬がそろう日本でも、薬物治療実施は半数
多発性硬化症治療薬「テクフィデラ(R)カプセル」(一般名:フマル酸ジメチル)の発売を前に、バイオジェン・ジャパン株式会社は都内でメディアセミナーを開催。「さまざまな課題をかかえる多発性硬化症~テクフィデラ承認の意義」と題し、九州大学大学院医学研究院 脳神経病研究施設 神経内科学の吉良潤一教授が講演した。
九州大学大学院医学研究院 脳神経病研究施設
神経内科学教授 吉良潤一氏
多発性硬化症(MS)は、認知機能、心理社会的機能、身体機能のすべてに影響を及ぼす深刻な慢性進行性神経疾患。中枢神経系における炎症によりミエリンの破壊とオリゴデンドロサイトの細胞死、軸索損傷を引き起こし、神経細胞喪失に至る自己免疫疾患だ。日本における罹患率は10万人あたり10.8~14.4人程度で、再発を繰り返す再発寛解型が9割を占める。治療では、早期に診断して薬物治療を開始することで、進行を抑制させるとともに再発させないことが重要となる。
再発・進行抑制に用いる疾患修飾薬(DMD)としては、2000年にインターフェロン(IFN)-β-1b製剤が登場して以降、IFN-β-1a製剤、フィンゴリモド、ナタリズマブ、グラチラマー酢酸塩(GA)の5剤が用いられてきた。国際誕生から1年で日本でも発売されたフィンゴリモド以外は、「欧米で長期の使用経験があり、安全性についても参考にできるデータがそろっている」と吉良氏。薬剤選択は、薬の切れ味と安全性のバランスを考えながら行うが、吉良氏によると、IFN-βやGAは、効き目は穏やかだが重篤な副作用も報告されておらず、第一選択薬として使いやすい薬剤。一方、進行性多巣性白質脳症(PML)の発生リスクが報告されているナタリズマブや、長期の安全性についてはデータの蓄積がないフィンゴリモドは、進行の早い劇症型症例でなければ第一選択薬とはならないという。剤形については、経口薬はフィンゴリモドのみで、ナタリズマブは点滴静注、第一選択薬のIFN-β2剤とGAはいずれも自己注射薬だ。
しかし、5剤の治療薬がそろう日本において、薬物治療を行っているのはMS患者の5割に満たないという吉良氏。その理由のひとつが、自己注射薬であることだという。GAは毎日注射、IFN-βは隔日または週1回の投与だが、頻回な注射で注射部位反応が問題となるほか、IFN-βではインフルエンザ様症状も患者のQOLを低下させる。欧米に比べ、日本のMS患者は軽症例が多いことからも、早期の治療開始の意義はわかっていても、これらの薬剤を初期から使用するのは難しいのが現実だった。
待ち望まれていた「使いやすい」「負担の少ない」治療薬
軽症例で症状はほとんどない場合でも、MS患者は微弱な再発を繰り返すことで脳の萎縮が進んでいく。若年で発病し、終生罹患するため、「就学・資格の取得が困難」「就職先を見つけるのが困難」「資産形成の機会喪失」「結婚・出産の機会喪失」「育児の困難」といったさまざまな困難にも見舞われる。そのため、初期から使いやすい経口薬で、身体的な負担が少なく、継続して使用できる第一選択薬が待ち望まれていたという。
テクフィデラは2013年に米国で、2014年に欧州で承認され、世界で21万人以上に使用されてきた経口薬だ。炎症型のTh1/Th17のバランスを抗炎症型のTh2に転換する抗炎症作用と、神経を変性させる刺激や酸化ストレスからの神経保護作用があり、国際共同治験では、新規ガドリニウム(Gd)造影病巣の総数をプラセボ群に比べ84%減少(p<0.0001)、海外治験では、2年間の年間再発率をプラセボ群に比べ49%減少(p<0.0001)、新規・拡大T2病巣数を78%減少(p<0.0001)させたというデータもある。国際共同試験では、同剤を投与した111例のうち、96例(86%)に有害事象が認められ、主な有害事象は潮紅24例(22%)、下痢と悪心がそれぞれ11例(10%)であったという。
吉良氏は「テクフィデラは初期から使いやすい経口薬で、服薬アドヒアランスの向上と、それによるQOLの改善も期待できる」とする一方で、海外ではリンパ球減少症が発現し、500/μL以下のリンパ球減少症が長期に続く場合はPMLの発生が報告されていることから、このような症例では、3か月に1回はモニタリングを行う必要があるという。また、Th1/Th17からTh2に転換するため視神経脊髄炎(NMO)に使うと重篤な再発を起こす。MSとNMOの鑑別をしっかり行う必要があると注意を促した。
なお、MSの診療ガイドラインは現在改訂を行っており、パブリックコメントを募集中とのこと。次回改訂版には同剤の掲載は間に合わないが、随時追加情報を発出して対応していく予定と述べた。