アルファ線を放出する日本初の放射性医薬品
バイエル薬品株式会社は6月1日、骨転移のある去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)治療薬「ゾーフィゴ(R)静注」(一般名:塩化ラジウム-223)を発売した。これを受け、同社は「去勢抵抗性前立腺がんの骨転移治療におけるパラダイムシフト~新規治療薬がもたらす変化と期待~」と題したプレスセミナーを7月13日に開催。横浜市立大学附属市民総合医療センター泌尿器・腎移植科 部長・教授の上村博司氏、近畿大学医学部放射線医学教室 近畿大学高度先端総合医療センター 教授の細野眞氏が講演した。
横浜市立大学附属市民総合医療センター
泌尿器・腎移植科 部長・教授 上村博司氏
国立がん研究センターの調査によると、男性の部位別予測罹患数(2015年)において、前立腺がんは第1位となっている。前立腺がんのうち、内分泌療法に抵抗性が生じたものをCRPCと呼ぶが、CRPCの9割が骨転移を有しており、痛みや麻痺、骨折のリスクが高まることで、生存とQOLに多大な影響を及ぼす。
ゾーフィゴは、アルファ線を放出する日本初の放射性医薬品。カルシウムと同様、ハイドロキシアパタイト複合体を形成することで、骨の中でも骨転移巣を選択的に標的とするという。高LET(線エネルギー付与)放射線であるアルファ線は、腫瘍細胞に対して、高頻度でDNA二本鎖の切断を誘発し、強力な殺細胞効果をもたらすとされている。
これまでCRPCの骨転移治療では、デノスマブ(商品名:ランマーク)やゾレドロン酸(商品名:ゾメタ)が使用されてきた。しかし、これらの治療薬は骨関連事象(SRE)の予防や痛みの軽減を目的とするものだった。上村氏は「SRE発現までの期間を調査した試験では、デノスマブのほうがゾレドロン酸よりも出現するまでの期間を延ばしたという結果がでている。しかし、生存期間に関しては影響がなかった」と語った。
これに対して、ゾーフィゴは国際共同第3相臨床試験において、プラセボ群と比較して、全生存期間(OS)を中央値で3.6か月優位に延長したという(HR=0.70(95% CI 0.58~0.83)、p=0.001)。「デノスマブやゾレドロン酸がOSに影響がなかったのに対して、ラジウムは骨の治療薬としてOSを延長したという結果に我々は非常に驚いた。また、痛みや骨の症状など症候性骨関連事象(SSE)が発現するまでの期間もラジウム投与群のほうが明らかに延長したことから、患者のQOLにも非常に良いと言える」(上村氏)
この10年で2倍に増えたRI内用療法、アルファ線核種のメリット
近畿大学医学部放射線医学教室
近畿大学高度先端総合医療センター 教授 細野眞氏
放射性医薬品を体内に取り込んで治療を行うRI内用療法は、ヨウ素-131やイットリウム-90、ストロンチウム-89など、主としてベータ線を放出する核種が用いられていた。細野氏によると、「2002年の時点では、年間5,000件ほどだった治療件数だが、2012年には、10,000件を超えている」とのこと。「あまり知られていないかもしれないが、とても期待されている治療法」と現状を紹介した。
ゾーフィゴはアルファ線を放出する日本で初めての放射性医薬品だが、その優位性について、細野氏は「ベータ線はDNA二重鎖のうち、一本のみを切断するくらいの力にとどまったが、アルファ線は二本鎖ともに切断できる。これにより、DNAが修復するメカニズムが非常に働きにくくなる。がんに対してより大きな生物学的効果が期待できる」と語る。また、アルファ線は、酸素依存性、細胞周期依存性も低いことから、がん細胞に対して非常に強い殺傷効果が期待できるという。また、ベータ線の組織内飛程距離は数ミリメートル(mm)であるのに対して、アルファ線は、100マイクロメートル(µm)と短い。「アルファ線は、腫瘍に放射線は届くが、骨髄まではいかず守ることができるという特性がある」(細野氏)
同剤の使用については、日本医学放射線学会ら関連5学会が「塩化ラジウム(Ra-223)注射液を用いる内用療法の適正使用マニュアル(第1版)」を2016年5月に発表。また、厚生労働省も「放射性医薬品を投与された患者の退出に関する指針」を一部改正した。「非常に有効で安全な、外来でも使える薬剤だが、アルファ核種のため取り扱いはやはり注意が必要。安全管理責任者や安全管理担当者を決めて使うよう、呼びかけている」と細野氏。現在、核医学を実施できる設備のある病院は国内に約1,200か所。そのうち、「廃棄・排水の容量確認が必要だが、ストロンチウム-89を実施できる四百数十施設なら使用可能ではないか」との見解を示した。