個々の細胞の遺伝子発現状態や成長能などの性質の表現のばらつき
東京大学は3月8日、大腸菌のクローン細胞集団を1細胞レベルの精度で100世代以上の長期にわたって連続観察可能な計測システムを開発。細胞レベルの「成長ゆらぎ」が大きいほど、それら細胞によって構成される細胞集団がより速く成長できることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院総合文化研究科広域科学専攻の若本祐一准教授らによるもの。研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences」オンライン版に3月7日付けで掲載されている。
画像はリリースより
同じ遺伝情報をもつクローン細胞を同一の環境下に置いたとしても、個々の細胞の遺伝子発現状態や成長能などの性質(表現型)には、しばしば大きなばらつきが観察される。このような「表現型ゆらぎ」は生物にとって単なるノイズなのか、もしくは何らかの役割を担っているのか、未解明な部分が多かった。
これまでの研究では、細胞集団内部の細胞が典型的性質を反映しているという仮定の下で、さまざまな実験結果が解釈されてきた。しかし、表現型ゆらぎの研究するためには、その集団の中に、どのような細胞状態のばらつきがあり、それがどのように集団の性質を決めているかを正面から考える必要があり、細胞集団を対象とした計測だけでなく、集団内の個々の細胞の性質を精度よく計測することが必須だと考えられてきた。
成長率の原理的上限などの基本性質の解明につながる可能性
今回、研究グループは、大腸菌を対象として、細胞の状態変化を厳密な環境制御下で100世代以上の長期にわたって連続観測可能な新たな計測システム「ダイナミクスサイトメーター」を開発。このシステムを用いることで、細胞レベルで見られる成長ゆらぎの性質と、それらの細胞によって構成される細胞集団の性質を詳細に調べることに成功したという。
その結果、一定の環境下に置かれたクローン細胞集団は、その集団を構成する内部の細胞の平均的成長率よりも高い成長率で増殖ができるという、直感に反する事実が判明。均一な遺伝情報をもつクローン細胞集団内に1細胞レベルでの成長ゆらぎがあることで、集団がより速く成長できることになる。
また、細胞表現型ゆらぎが明確な生物的役割をもつことを示すとともに、異なる環境条件での成長ゆらぎを定量的につなぐ新たな法則を発見。同定された表現型ゆらぎの法則の解析により、今後さまざまな生物種において、成長率の原理的上限などの基本性質の解明につながる可能性があるという。
さらに、この研究で開発された計測システムは、大腸菌以外の細菌種や、ヒトの細胞も含む真核細胞の解析にも原理的に応用可能であり、今後の細胞研究における強力な研究ツールとなることが期待されるとしている。
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