遺伝子をmRNAの形で投与する新しい遺伝子治療法
東京大学は2月10日、同大学院医学系研究科 疾患生命工学センターの位髙啓史特任准教授、片岡一則教授らの研究グループが、高分子ミセル型ドラッグデリバリーシステム(DDS)を用いたmRNA送達システム(ナノマシン)を構築し、mRNAを用いた遺伝子治療により、嗅覚神経障害を生じた動物の神経組織再生、機能回復を確認したと発表した。神経障害に対する、mRNAを用いた遺伝子治療の世界で初めての成功例だという。
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神経麻痺やアルツハイマー病などの神経障害は、根治的治療が困難な難治疾患として知られている。遺伝子治療は障害された神経細胞を元から治すことができる重要な戦略だが、これまでの天然のウイルス(ウイルスベクター)や、天然の遺伝子(DNA)の形で投与する手法は、標的細胞自身の遺伝子(ゲノム)を傷つけてしまう懸念があり、治療への応用は困難だった。
メッセンジャーRNA(mRNA)は、通常細胞の中で遺伝子(DNA)からの転写によって産生されるものだが、このmRNAを人工的に合成し、細胞に外部から適切に送達することによって、安全かつ効率よい遺伝子治療を行うことができる。しかし、mRNAは極めて不安定で生体内では急速に分解されてしまうこと、自然免疫機構を刺激して生体内で強い炎症反応を引き起こすことから、生体内の細胞に直接mRNAを送達することは容易ではなく、これまでmRNAの治療への応用はほとんどなかったのが現状だ。
mRNA 搭載ナノマシンで、効率よい送達・神経機能改善が可能に
mRNAを効率的に生体内に送達するためには、適切なデリバリーシステムが不可欠なことから、研究グループは、高分子ミセル型ドラッグデリバリーシステム(DDS)を用いたmRNA送達システム(ナノマシン)を構築。ナノマシンはブロック共重合体の自己会合によって形成され、ナノスケールの粒子内部に安定にmRNA を搭載することができる。このmRNA搭載ナノマシンを嗅覚神経終末の分布する鼻粘膜組織に投与すると、mRNAのコードする遺伝子の発現が、神経細胞を含む粘膜組織細胞に数日にわたり確認されたという。
続いて、嗅覚神経障害の疾患モデル動物に対して、神経保護・再生に働く神経栄養因子遺伝子をコードするmRNA を、ナノマシンを用いて投与すると、無治療群では鼻粘膜内での嗅覚神経の完全な再生は得られなかったのに対し、mRNA投与群ではほぼ正常に回復した鼻粘膜組織内に成熟した嗅覚神経が再生していることが確認された。さらに嗅覚を行動試験で解析すると、mRNA投与群では早期から嗅覚機能が改善を示したという。
研究グループでは、今回新しい遺伝子治療用医薬としてのmRNAの可能性が実証されたことにより、多くの神経疾患治療への応用が期待できると述べている。
▼外部リンク
・東京大学 プレスリリース