孤発性筋萎縮性側索硬化症ALSの遺伝子治療へ
東京大学は、国際医療福祉大学 臨床医学研究センター 郭 伸特任教授(東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター 臨床医工学部門 客員研究員)らの研究グループが、孤発性筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病態モデルマウスの運動ニューロンの変性と脱落、および症状を遺伝子治療によって食い止めることに世界で初めて成功したと、9月26日発表した。
(画像はプレスリリースより)
運動ニューロン死に関わる酵素の発現をコントロール
ALSの多くを占める遺伝性のない孤発性ALSにおいて、ADAR2という酵素の発現低下が運動ニューロン死に関わっていることを郭特任教授らが既に突き止めていた。これを受け研究グループは、自治医科大学との共同研究で、血管投与により脳や脊髄のニューロンだけにADAR2遺伝子を発現させるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを開発した。従来、静脈投与は脳や脊髄に遺伝子を導入することは困難とされていたが、このニューロンのみで遺伝子を発現するAAVベクターは、一回の静脈注射で効果的な量のADAR2遺伝子の発現を長時間持続させることに成功している。1回のベクターの静脈内投与により、約20%の確率で脊髄運動ニューロンのみにADAR2遺伝子を発現させ、肝臓や血液などの中枢神経のニューロン以外には発現しないこと、副作用もないことを確認しているという。
アデノ随伴ウイルスベクターによる脳と脊髄への遺伝子導入
実験では、既に開発されている孤発性ALSの病態を示すコンディショナルノックアウトマウス(AR2マウス)を用いた。AAVベクターによるADAR2遺伝子の導入で、約2ヶ月で運動機能の低下が抑制され、投与7ヶ月後には対照群と比較して脊髄でのADAR2発現は1.5倍に上昇、運動ニューロンの変性や脱落が抑制されていた。また、ADAR2遺伝子発現による異常なグリア細胞の反応は見られなかったという。このベクターによるADAR2遺伝子の運動ニューロンでの発現は、ALS発症前だけでなく、発症後に投与した場合でも、ALSの一連の過程を副作用なく止めることができ、運動ニューロン死による症状の進行を抑止したとしている。
効果的かつ安全性の高いベクター
AAVウイルスは安全性が高い遺伝子送達ベクターとして知られ、世界的にも遺伝子治療の臨床試験に用いられている。今回の結果はモデルマウスでのものではあるが、有効な治療法のないALSに光をもたらすものと考えられる。また、静脈内投与により脳や脊髄に遺伝子治療ができるこのAAVベクターは、ALS以外の中枢神経系疾患への治療への応用も期待される。研究成果は「EMBO Molecular Medicine」9月24日オンライン版に掲載されている。(長澤 直)
▼外部リンク
国立大学法人東京大学 プレスリリース
http://www.m.u-tokyo.ac.jp/