米科学雑誌「PLOS ONE」に掲載
横浜市立大学 大学院生命ナノシステム科学研究科の足立典隆教授らの研究グループが、特殊なヒト細胞を利用し、低線量の放射線によって傷つけられた細胞DNAがどのように修復されていくのか、そのメカニズムの一端を解明したと発表した。研究は、同大学先端医科学研究センターが推進する「研究開発プロジェクト」の成果の一つであり、米科学雑誌「PLOS ONE」に8月14日付で掲載された。
DNAは、活性酸素などの内的要因、また放射線や紫外線、喫煙といった外的要因など、多くの原因で傷つけられる。そのダメージの種類はさまざまだが、なかでも二本鎖DNA切断は深刻なダメージであり、修復されなければ細胞死もしくはがん化につながる。
この二本鎖DNA切断は、放射線のほか、ブレオマイシンやイリノテカン、エトポシドなど種々の抗がん剤によっても誘発されることが知られている。修復機構としては相同組換えと、非相同末端連結(NHEJ)の2種があることが分かっていたが、細胞の中でこれらがどのように使い分けられているのか、低線量放射線を浴びた細胞がどちらを優先的に使っているのかなど、詳しいことは分かっていなかった。
(画像はwikiメディアより引用 参考イメージ)
新規抗がん治療法の開発へ、応用に期待
研究ではまず遺伝子ターゲティング手法により、相同組換えとNHEJの一方、または両方を欠損したヒト遺伝子改変細胞を人為的に作成した。この作成も世界初の試みである。そして、これらの変異株細胞に放射線を照射し、生き残ってくる細胞集団の数をみることにより、修復のメカニズムを調べた。
すると、強い放射線を照射した場合、相同組換えが修復で重要な働きをしていたのに対し、1グレイ以下の低線量では、NHEJが優先的に働いていることが判明。また、NHEJで働く酵素の「DNAリガーゼ4」や「アルテミス」を失った細胞では、相同組換えの頻度が上昇することも確認されたという。このことから、二本鎖DNA切断が起こると、まずNHEJによる修復が試みられ、それが働かない場合、相同組換えに切り替えられている可能性が高いことが分かったとしている。
足立教授らは、さらに抗がん剤によってDNAが切断された際にもNHEJによる修復が優先的に行われていることを確認。アルテミスがその機構に関わっていることを発見したという。アルテミスはヌクレアーゼ活性によりDNAを分解し、端の構造を整える働きのある酵素と考えられてきたが、NHEJと相同組換えの切り替えにも深く関わっている可能性が高いことが本研究によって示唆され、非常に興味深いアルテミスのもつ新たな機能の発見となったと説明している。
研究グループでは、ヒト細胞に生じた二本鎖DNA切断が修復されるメカニズムの詳細が明らかになることで、放射線治療や抗がん剤治療の技術向上、より効果的で副作用の少ない治療法の開発に役立つと考えられ、今後の応用に期待がもてるとしている。また、「合成致死」を利用した抗がん剤の開発が注目を集めているが、今回グループが遺伝子ターゲティング技術を用いて作製したような、特定の一遺伝子だけを失ったヒト遺伝子改変細胞を活用していくことにより、その開発研究にも弾みがつくものと予測されるという。(紫音 裕)
▼外部リンク
横浜市立大学 研究推進センター 研究者情報 研究発表文
http://www.yokohama-cu.ac.jp/res_pro/researcher/
PLOS ONE
http://www.plosone.org/article/